1話 廃旅館

08.8月3日


 ***

 翌日、8月3日。

 放り出す訳にもいかず、再び例のゲームの部屋を訪れていたミソギ達の前に、組合長である相楽が現れた。

「どうしたんですか、相楽さん。もうモニターは止めたんですか?」
「おう、お前等があんまりにも騒ぐからよ。おっさんもどんだけ怖いのか気なってきちまった。ちょいと俺も混ぜてくれよ」
「モニター、監視してるんですよね?」
「してるけどさ、実際にやるのと人がやってるのを見るのじゃ違うだろ」

 怖がりにはよく分からない理屈である。何せ、映画だろうがホラーゲームだろうが、やっている人物以上に怖がるし、いざ自分がやってみてもやっぱり怖い。何をしたって怖いので全て一緒だ。
 しかし、ここで意外にも「いいのではないですか」と肯定的な意見を漏らしたのはトキその人だった。

「代わりに、私は今回休みという事で。相楽さんが奴等の引率をしてください」
「もう引率、つっちゃったかあ……。トキ、お前苦労してんだな」
「ええ。正直、そろそろ聴力が低下しそうで困っています。ああ、今日は2階の探索からなので。くれぐれもゲームを進めさせて下さいよ」
「まあ良いだろ。代わりにモニター観ててくれよ。まあ、ちゃんと録画されてるか観察してるだけでいいから」
「了解しました」

 そう言いながらも、トキは鞄から文庫本を取り出した。完全に休憩のついでに読書する気満々である。
 釈然としない顔をしていた相楽だったが、続く言葉にミソギの方は多大なる不安を覚えざるを得なかった。

「ま、おっさんがここでパーッとゲームクリアさせてやるよ。期待してな!」

 うわ、と引き攣った声を上げた南雲が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

「先輩先輩、大丈夫っすかあれ」
「いいかい南雲くん。人はあれをフラグ、と言うんだよ」
「駄目なやつじゃないすかああああ! もおおお!! トキ先輩、俺達の事、見捨てないで! 一緒にゲームしましょうよ!!」
「黙れ駄犬ッ! お前等の為に私が何時間絶叫に晒されていると思っている!? いい加減、鼓膜が破れるッ!!」
「ゲームですから! ゲームですからっ!!」
「知るか! ええい、無駄吠えするな! 相楽さんがいるだろうが!!」
「あの人明らかに俺等と同じ匂いするんすよ! 阿鼻叫喚、地獄絵図!!」

 トキから覚えさせられたであろう単語を駆使して同行を懇願する南雲だったが、トキはにべもなく「今日はその面子で行け」、と一蹴してしまった。しゅん、と落ち込んでいる様はちょっと笑えた。

「ミソギ先輩、今なんか失礼な事考えてませんでした?」
「いいや? 何だか南雲見てたら、ちょっと元気が出て来たなって」
「そりゃそうっすよ! 俺のコミュ力、舐めちゃ駄目っすよ!!」
「そうだね」
「あ! 何その馬鹿にした感じの笑い!」

 この後、相楽から「早く始めようぜ」というお言葉を頂いてしまい、現実逃避もそこそこに再びあの不気味な廃旅館へ赴く事となった。

 ***

「へぇ、コイツはすげぇや。まるでリアルだな。……なんかちょっと、おじさんの足も竦んでるぜ」

 1階奥の部屋、そこに着いてすぐ相楽が漏らした言葉である。
 冗談でも言っているのかと思ったが、組長殿の足は若干震えていた。責任者という立場から、常日頃気丈に振る舞ってはいるが彼自身も霊の類はあまり得意ではないのかもしれない。

「しっかりしてください! 相楽さん、いつもなら俺等よりドーンと構えてるじゃねぇっすか!」
「いやだってさ、俺が現場に行く時って『供花の館』くらい騒ぎになってないと、まず無いじゃん? でさ、そんなに大事件に発展してたらさ、むしろ恐怖とか吹き飛ぶじゃん?」
「ええ?」
「おっさんには大人としての責任ってもんがあるからな。そっちの方が重要な訳よ。だが、こうやって半分抜けた気分でこういうとこ来ると……。こう、来るもんがあるよなあ。細部まで見る余裕がある、って言や聞こえが良いか」

 成る程確かに、『供花の館』や『アメノミヤ奇譚』時より彼はむしろ落ち着いていると言えるだろう。何せ、これはゲーム。確実に命は懸かっていない。失敗してもやり直しが利く状況と言える。
 相楽の強さは追い詰められてから真価を発揮する。
 つまり、別に追い詰められている状況でも何でも無い、今という平和な状況は緊張感を弛緩させ、逆に恐怖を呼び起こしているのかもしれない。

「――そんな相楽さんに朗報です」
「ん? 何だい、ミソギちゃんよ」
「私達がゲームを進められないと、トキがマジギレする可能性があります」
「よーし! 進めるぞー! アイツ、キレたら恐いんだってマジで! 割とおっさんの事敬ってないからね、アイツ!」
「四六時中、真面目にしていれば相応の態度を取ると思うんですけどね。トキも」
「無理! そもそもおじさん、あまり真面目な感じのキャラじゃないし!!」

 言いながら、相楽は現場へ赴いた時の様に一歩足を踏み出す。やはり彼は怯えているより、組合員を率いている姿の方が様になっている。
 それ以外の時にはくたびれたおじさんにしか見えないが。