03.近場の村(2)
この木ばかりが並ぶ場所をスイスイと軽い足取りで進んで行く烏羽。やはり、主神に創られた存在と言うだけあって、この世界のマップを全て把握しているのだろうか。気になったので、問い掛けてみる。スキンシップが大事だと友人も言っていた事だし。
「村の事、よく知ってるの? 場所とか……」
「ええ、それはそうでしょう。何せここ、社から徒歩数分の距離ですよ」
「えっ? じゃあ、門を通った意味ないじゃん」
「ありますとも。あの門を使わなければ、時間軸が乱れてしまいます。全てが終わった後の土地へ赴いた所で意味などないでしょう、ええ」
「……?」
「ええまあ、貴方様が順当に前へと歩を進めれば、いずれは理解出来るかと。尤も、そこまで到達出来ればの話なのですが……フフ」
ストーリー上で回収出来る話なら、恐らく真相には至れるだろう。今まで、ゲームに飽きた以外でストーリーを放り出した事は無い。難易度的な話をしているのならお門違いだ。ゲーム好きを舐めて貰っては困る。
ただ――烏羽の言う通り、到達出来ないとすればゲームに対して愛を失った時だろう。人の心は移り変わる物だし、その辺の否定は全く出来ない。
「ふむ……。この辺りはまだ、汚泥の底に沈んでいないようで。ええ、まあ、何よりですね。はい」
「……?」
「前にも恐らくは説明したと思われますが、ええ、この世界……汚泥の底に沈みかけている状況でございまして。ポツポツと浮島のように汚泥の侵略を免れて残っている町村があります。阿久根村も、ええ、その一つでしょう! まあ、社からかなり近いので、この村が沈んでしまえば、いよいよ社も……ああいえ! 不安を煽るような事を言って申し訳無い!」
高笑いをする烏羽はとてもはしゃいでいるように見える。このゲームの目的って、世界を救う系だったはずなのだが、どうも悪役の暗躍にしか見えない道中だ。この先、やっていけるのか心配である。
***
そうこうしている内に、村らしき場所に到着した。
ポツポツと家が建ち並んでおり、簡素な畑のような物も見受けられる。何より、ここに来て初めて烏羽以外の人型の存在に出会った。家の数と同様、人数もそう多くは無さそうだが日常生活を営む村民の姿がある。
――一応……和風RPGに分類されるのかな?
などと考えていると、村人の一人がこちらの存在に気付いた。外から来た自分達に対し、酷く驚いたような顔をしている。が、警戒心もへったくれもなくトコトコと近付いてきた。20代半ば程の女性で、畑を触っていたからか指先や顔には少しの土が付着している。お勤めご苦労様です。
どうするべきか、少し動揺していると烏羽が先に口を開いた。人の良さそうな笑み――勿論、嘘――を浮かべ、背筋に悪寒が走るような穏やかな声を発する。何度も言うようだが、彼に穏やかな気持ちなど欠片も無く全てが虚実である。
「これはこれは、出迎えありがとうございます」
「あ、あなた達は……?」
「ええ、私、神使の烏羽という者です。そして、こちらにおわすのが主神の用意した召喚士……。ええ、そう、主神の命に従いこの村に参った所存です」
「あ、ああ……! 神使様!? 神使様でいらっしゃるのですね!」
「ええ、ええ。その通りです。この通り、汚泥の中を突っ切ってやって来ましたとも。貴方方の村を救いに……ね」
――はいダウト! 救う気、全然ないのでは!?
あんまりにもあんまりなタイミングの嘘に胃が痛くなってくる。この神使の深い闇については、どこで解説してくれるのだろうか。もっと親密度なり上げると社とかでイベントが発生するのか? 謎である。
だが当然、烏羽の完璧な聖人という擬態の前に村人の彼女はあっさり騙されたようだ。目を輝かせお礼を繰り返している。
彼女は嘘でも何でもなく、本当にやって来た神使を盲目的に信仰しているようだった。この世界の住人において、神使とは絶対的に『良い物』なのかもしれない。害される可能性など微塵も考えが至っていないのだから。
なおも女性は感激したように言葉を続ける。
「薄桜様もお喜びになられます! なにせ、ずっと一人でこの阿久根村を守護していたのですから……。これで薄桜様の負担が減ると思うと……」
「おや、この地には薄桜殿がいらっしゃるのですか。成程、成程。ええ、それは僥倖です」
薄桜、というのは誰なのか。色の名前だし、恐らくは神使だが――
花実の疑問に気付いたのか、人の良さそうな表情を繕ったままの烏羽が爽やかに説明してくれる。ただ、少し気味が悪いので普通にしていて欲しいのだが。
「薄桜はお察しの通り、神使の一人ですよ。ええ。まあ、配置としては適任でしょう。彼女は薄色しりぃずなる神使ですから」
「薄色……?」
疑問はしかし、事態の急展開によって遮られた。
感激の色を隠しきれない村人の彼女が、くるりと身体を反転させる。跳ねるような声音で状況を前へ前へと進め始めた。
「烏羽様、でしたか? すぐに薄桜様を呼んで参ります!」
そう言って彼女が駆け出そうとした、瞬間だった。それを諫めるように花実でもなく、烏羽でもない誰かの声が鋭く割り込む。
「――その必要はないわ」
凜とした高めの声。ハッとしてそちらを見れば、立っていたのは少女だった。歳の頃なら12、13歳くらい。身長は恐らく花実より低いだろう。薄い桜色の長髪を団子のようにひとまとめにし、同じ色の双眸は強い警戒の色を湛えている。
この女の子がまさか――そんな推理は当然、烏羽がすぐに答え合わせをした。
「おやおや、薄桜殿。お久しぶりですね。ええ、本当に」
本性を現し始めた烏羽に対し、同業者であるはずの薄桜は酷く嫌そうな顔をする。歓迎されていないのは明白だ。
そんな彼女は呆然と立ち尽くしている村人に対し、先に口を開いた。
「多摩、家に戻っていて。少し大事な話があるの」
「え、ええ。分かりました。薄桜様……」
案内役だった村人がパタパタと走り、家の一つへ消えて行く。残されたのは剣呑な雰囲気を放つ薄桜と、愉快そうに嗤う烏羽、そして召喚士である自分だけだ。