01.転生説明会
それは非常にシステムチックな部屋と言えた。例えばSF映画に出て来る、何故そうでなければならないのか分からない青白く発光したラインが通った、およそ何の意味があるのか分からない薄暗い照明。何に使うのか皆目見当も付かない器具の数々――
それらを目の当たりにし、桜木伊緒は首を傾げた。ここは一体どこだろう。自分の記憶が正しければこんな意味不明な場所が近所にあったとは思えない。よしんば、あったとして近付く事は無いだろう。
途方に暮れて天井を見上げる。なんて高い天井だ。大聖堂か何かか?
近未来的な壁に囲まれ、ゆっくりと辺りを見回す。
――ここは……。
「おはよう、人の子」
「うわっ」
視覚の外から急に涼やかな女性の声が聞こえて来た。どうやら自分は実験台にも似た台座に仰向けに転がっていたのだが、慌てて飛び起きてそちらを見る。くらり、と脳に血液が巡っていないかのように軽い目眩を覚えた。
立っていたのは女性とも少女ともつかない、難しいお年頃の女性だった。その目に意思の光は感じられず、ただ二つの双眸が伊緒を見ている。
「いやあの、ここはどこでしょうか?」
「ああ、そういう反応は結構。順番に説明するから待ちなさい」
そう言うと、彼女は訊きもしないのに自らの紹介を始めた。それはとても事務的で相手と仲良くなろうという気持ちは微塵も感じられないものだったが。
「私はメテスィープス。巡り巡るものを司る女神。どの神が考案したのかは知らないけれど、我々の世界でも転生者を迎え入れ、世界をより良いものへと変えていくプロジェクトが発足した」
「はあ……」
まるで会社みたいだな、そう思ったが口には出さなかった。話が脱線してしまう気がしたのだ。
「予想は付いているでしょうけれど、貴方はその転生者に選ばれた。異界から喚び出された、英雄の卵。それが貴方。これから貴方はこの世界の女性の胎内から生まれおち、世界の枠組みを知り、そして起こりうる『何か』を変える礎になる」
「ざっくりし過ぎでは……?」
「前回も前々回も、説明をせずにいきなり転生をさせると少なからず混乱が起こった。だから今回は貴方にも役目があり、転生者である事を事前に説明する事にしたの」
「と、言うと?」
「生まれ落ち、ある日突然在りし日の記憶を取り戻して慌てふためくフェーズは不要。不要なものをカットする為、前もって今現在、貴方という存在について私は説明をしている」
――何を言っているのか欠片も分からん。
残念ながら伊緒の偏差値はあまり高い数字ではない。それとは関係無い気もするが、目の前の自称女神・メテスィープスの話は右から左へ抜けて行く。というか、彼女の名前すら正確に記憶出来なさそう。
「ぼうっとしている場合じゃ無い。これから21分後に、貴方はこの世界に誕生する。15年後くらいに神々の誰かが貴方に接触を図る事を忘れないで」
「いや、ちょ、拒否権とかは!?」
「拒否しても結構。けれど貴方がここにいるという事は、前世が既に終わり転生を待っている存在であるという事。第二の人生を桜木伊緒のまま送るチャンスはここにしか無いけれど、それでもいいの?」
正直、人に誇れるような人生を送って来た訳では無い。最期も呆気ないもので、バスの事故に巻き込まれた死亡者の中に居た一人だった。長生きもしていない上、特に未練も無い。
けれども、ただでもう一度人生を楽しむ権利を与えられるのであれば、それを教授するのも悪く無いと思える。何となくやりたかった事、挑戦してみたかった事に触れる事が出来るかもしれないのだ。
――うん、前向きに考えよう。英雄とか壮大な話が聞こえた気もするけど、気のせい気のせい。第二の人生をエンジョイする姿勢で生きていこう!
前向きにそう考えた直後だった。
そこドアだったの? みたいな場所がスライド式に開き、新たな人物が現れる。えらく顔の整ったイケメンだった。
そんなイケメン男は女神に恭しく礼をし、用件を切り出す。彼は女神の部下か何かだろうか。
会話の内容は聞こえないが、彼と話をしている内に段々とメテスィープスの眉根が険しく寄っていくのが見える。あまり良い話題ではないのは明白だ。
ややあって、部下とのやり取りを終えた彼女は伊緒に対し、片手を突き出して待てのゼスチャーを取った。
「ちょっと、転生ストップ」
「え? 何? 何ですか、何かあったんですか?」
「ええ。かなり面倒な事になっているみたい」
「ええ……?」
「貴方の転生先――貴方の母親になる予定だった母体が、体調不良。このままでは母子共に死亡する可能性が高い」
「母子共にって事は、私も含まれてますよね。それ。確率が高いって言うと、だいたいどれくらいなんですか?」
「伊緒、貴方の生存確率は2%。生まれ落ちる事に成功した場合、母体は死亡する。貴方が死亡した場合、母体の方は生き残る可能性が高い」
それはつまり、自分が新しく生まれて来なければ母親は助かるかもしれないという事か。いやまだ、その人物は母親ではないのだが。何だか非常にややこしい。