プロローグ

1.



 屋敷へ帰って3日が経った。毎日は何の代わり映えもなく過ぎ去っていく。けれど、当事者であり被害者である真白にとって過ぎて行く日々はいつまで何の変哲もなく進むのかと気が気ではない。

「辛気くさい顔してんな、真白」
「・・・・」

 ロビーで1人、水を飲んでいれば目の前に誰か座った。顔を上げる。そのまま開きかけた口を閉ざした。
 するとラグは困ったように笑い、それをすぐさま自嘲めいた笑みに変える。自業自得だ。真白はあまり勘が良い方ではなかったが、それでも彼と美緒の間にラインがある事は知っている。
 あの宿にディラスが――《ジェスター》が泊まっている事を教えたのは、間違い無くラグだ。彼が何を思ってそんな情報を美緒に渡したのかは知るところではないが。

「例の件、ディラスには話したのかよ。お前だけじゃなくて、俺にも関わりのある話だから訊くけど」
「・・・・」
「黙りか。まあ、いいや・・・」

 何だか疲れた顔をしたラグは立ち上がると去って行った。最近、妙に落ち着きが無い。また美緒と何か企んでいるのかもしれなかった。それに、リーダーこと淡嶋由の動向も気になる――気になるだけでどうしようもないのが辛いところだ。

「真白、また昼寝か」

 呆れたような声が頭上から。のろのろと顔を上げるとディラスが立っている。手にはどこから仕入れて来たのか、新品には程遠い使い込まれたヴァイオリンが握られていた。
 眠っていたわけではなく考え事をしていたのだが、釈明するのも面倒に感じて頭を振るだけに留める。
 それに――

「ディラス。お腹が減ったわ」
「冷蔵庫にゼリーがある、とアルフレッドが言っていた。ああ、取りに行くのなら僕の分も持って来てくれ」
「ええ」

 ディラスは恐いぐらいにいつも通りだ。あの日の事に一切触れようとしない音楽家は、何を考えているのか。