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最近、不知火蘇芳の部屋へ夜にいても何も気にならなくなってきた。慣れとは恐ろしいもので、感覚が麻痺してきているのだと痛感させられる。
当然のように第一皇子の部屋へやって来て、勝手に眠って、次の日になったら各々活動を開始する。当然のようにここ数日繰り返された今までの正直を塗り替える『不自然さ』。数週間前に起きた一般人を巻き込む大量殺人事件のせいで蘇芳はどうも仕事に追われているらしかった。
だからドルチェはその日、もうさっさと寝てしまおうとベッドに身体を倒したのだった。
「――ドルチェ」
「・・・はーい」
聞こえて来る声。けれど蘇芳はどうもこちらを向いているわけではないらしく、声はあらぬ方向へ飛んで行っている。
「明日、俺の弟が帰ってくる」
「弟?松葉くんじゃなくて?」
「ああ。次男だ。暫く旅をしていたようだが、明日には帰ると文が届いた」
「えっ、随分急だね。どんな人なんだろう・・・」
ツンデレはいるのだから、そろそろヤンデレの出番だろうか。でも男のヤンデレは何だか苦手なので、その役は紫苑に譲るのが適当である。もちろん、彼女はそんなタイプではないのだが。
取り留めのない事を考える。蘇芳とだってこうして今は上手くやっているのだから、その弟が今更1人ばかり帰ったところで何とも思わないのが本音だった。
「弟は俺に正室が出来た事を知らん」
「え!?いや、なんで!?」
本気で言われた事の意味が理解出来ない。まさか、「本当はお前なんざ正室にするつもりは無かったんだよ。おかげで弟にも報告出来ねぇ!」とでも思われているのだろうか。
ふっ、と微かに馬鹿にしたように蘇芳が嗤った。
「また卑屈な事を考えているのか?弟の件は――ただ、こちらから連絡が取れなかっただけだ。王宮は動かないが、旅をしている奴は常に動き回っている状態だからな」
正直なところ、文が届くまで生きているのかも分からなかった。そう言う蘇芳は少々、弟の扱いが雑過ぎやしないだろうか。
「調べ物が溜まっている、例の事件の。近々、お前に調査を頼むかもしれない」
「了解。調査ぐらいなら・・・うん、私でも出来るかも・・・」
「お前にはお前にしか出来ない事をやってもらう。いいな、ドルチェ?」
その言葉の意味を理解するのは――まだ、先の話である。