1.

 満月が綺麗な澄んだ空気の夜。私、ドルチェは旦那である不知火蘇芳の部屋に入り浸っていた。というのも、さすがに3日もすれば彼の部屋で寝泊まりするという現象にも慣れきってしまい、何の緊張感も抱かなくなっていたのだ。
 ――一番最初の夜、うっかり私がベッドで勝手に眠ってしまった時には朝からどっきりイベントに見舞われたが、今はちゃんと対策をしてある。

「ドルチェ。俺は昨日から言おうと思っていたんだが、これは不公平じゃないか?」

 ぼんやりとした目のまま、困っている様子も無く淡々と蘇芳にそう言われ、首を回して第一皇子様を視界に入れる。もう一度、蘇芳が同じ言葉を繰り返した。
 私はゆるゆると首を振る。

「え?でもちゃんと真ん中に境界線引いたじゃん」
「俺とお前の体格差を考えれば、丁度真ん中に境界線が来る事自体、可笑しい話だ」

 ――蘇芳の部屋には大きなベッドが一つあるだけで、他に寝具が無い。
 それで一度事故を起こしてから私は考えを改めたのだ。
 ベッドを二つ用意する事は出来ない。回りの人間の目がある。ならば、一つのベッドを二つに割る他無いだろう。
 そこで考えついたのが、安易だが実に効果的な――線を引く、というものだった。もちろん、言い出したのは私なので線の道具は魔法道具である。ベッドのシーツがどちらかの寝相でぐちゃぐちゃになろうとも、線だけはずれない仕組みだ。
 そして、そんな境界線を見て不平を言うのは蘇芳である。昨日一日は何も言わなかったので、それでいいのだと思っていたのだが。

「んー・・・でもさ、私、広々と寝たいな」
「ならこの線を消してしまえ。好きに寝ればいい」
「前科ある人が何言ってんの」
「あれはお前が勝手に俺のベッドで寝たのだろう・・・家主を床で眠らせるつもりなのか、ドルチェよ」

 いよいよベッドに横になっていた私は起き上がる。すると、複雑そうな面持ちでベッドの縁に腰掛けている皇子様の姿がすぐ目に入った。ちょっと可哀相になってくるのだが。

「――分かった。じゃあ、要検討ってことで。貴方がしたいようにしてよ」
「結局は丸投げなのか・・・」

 あんなに執着していたのに、と蘇芳が微かに笑う。何が面白かったのだろうか。
 不自然に会話が途切れ、向かい合って黙り込む。この人と話しているとこういう事はよくあるので今更気まずさも何も感じない。
 このままいつも通りに沈黙が続く――そう思われたが、意外な事に、寡黙と言うより無口な彼の方が話題を切り出した。

「こうして――時間があったのなら、話しをしよう」
「はい?文として色々抜けてる発言は控えてよね・・・」
「何でもいい。お伽話でも、人伝に聞いた話でも、物語でも――」
「スピーチみたいな?」
「そうだ」

 何故、いきなりそんな事を思いついたのかは知らないが何だかどことなく面白そうな匂いがしたので、一も二もなく私はそれを快諾した。
 ふっ、と嗤った蘇芳の双眸が爛々と輝く。何かしらのスイッチが入ったらしい。

「ならば、一番手は俺だ」
「なら、聞き手は私だね」