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結果から言えば。
召喚獣による猟奇的殺人事件の犯人である5人の魔道士のうち、4人が絶命。彼等の遺体は損傷が激しく手掛かりになるものも無さそうだったので捜査対象はもっぱら、唯一生きて捕らえる事に成功したフードの男だけだった。
結局のところ、地獄の番犬ケルベロス――に似た召喚獣が何の制約もなく野放しにされたからこそのあの強さだったのか、或いは人の手で調教した方が危険だったのかは分からず終いである。
ここからは私達の事情になるが、あんなに覚束無い足取りだった嘉保。大した怪我は無かった。右肩に酷い切り傷があるものの、それも少し安静にしていればすぐに治るそうだ。
また、松葉くんも同じく。彼は本当に怪我にしたって筆答してあげる所は無い。すでに安静という医者からの命令もとっくの昔に解除されている。
そして――この私、魔女ことドルチェは。
右腕の骨折に加え、背中には酷い打撲。さらに切り傷と地面に叩き付けられた時の痣などが痛々しい状態になっている。というか、一番離れて戦っていたはずの私が一番の大怪我をしていたのだ。
――それが、事件から1日経った今日、始めて不知火蘇芳から聞いた情報である。
そんな彼は見舞いと称して私の部屋へ来、何を考えているのか分からないぼんやりとした目でこちらを見ている。少し前までは勝手に人の部屋へ来た挙げ句、仕事なんかをしていたのだが終わったらしい。
ちなみに、一番の重傷者だった私はベッドに座って本を読んでいる。片手なのでページが捲りにくい。
「ドルチェ・・・おい、ドルチェ」
「あ?あぁはい、なに?」
「人の話は聞け」
「ごめんごめーん。それで、何の話しをしていたんだっけ?」
それなんだが、と少し光の宿った双眸を眇める蘇芳。綺麗な紅が細くなる。
「――この一件は、召喚術の試運転に帝国が巻き込まれたものだと思っていたが、そうではないようだ」
「つまり?」
「さらに事態は大きい。あの猛獣使いが黒幕、というわけではなさそうだ。裏に、まだ何かいる」
「・・・大事じゃん!」
あれで終わりでないと言うのならば。召喚術を現代に甦らせるのが目的でないと言うのならば。
――次はどこで、何を仕掛けるつもりなのか。
「人手が必要だ。お前には別の仕事がある」
「うーん・・・この一件で分かったと思うけれど、私はあまり強くないらしい」
「いや、わざわざ妻を戦地へ送る夫はいないだろう・・・。お前には、別の仕事がある。必ずしも戦闘行為だけが仕事ではない。だから――」
ぐっ、と蘇芳の顔が近づく。
互いの呼吸の音が聞こえるぐらい近く。
爛々と輝く紅い双眸はそのままに、けれど驚く程穏やかな――綺麗過ぎて疑問に思えないような矛盾。
何でも言う事を聞いてしまいたくなるカリスマ性。
くらり、と眩暈を覚えて顔を退いたらその分だけ距離を詰められた。
そのまま囁くように言われる。
「だから、早く治せ。医者に良いと言われるまでは、勝手に動くなよ」
「振り出しじゃん!」
結局そうなるのか、と苦笑していれば目の前の旦那様も確かに微笑んでいた。