7.

 やることも無く、ただボンヤリと過ごしていたエディスの元に、再びアレクシスが駆け寄って来た。その手には小さな赤い瓶を持っている。

「すまない、これも開けてくれないか!」
「あっ、はい」
「私は一度戻るから!」

 瓶を押し付け、長い髪を翻して再び奥の部屋へと消える。慌ただしい人だ。
 手渡された瓶を見てみる。まさか中に入っているのは血液では――と思ったが、何の事は無い。イチゴジャムだった。となると、昼食はトーストだろうか。
 ジャムの蓋が開けられないなど、よほど堅いに違い無い。心して掛からねば、とエディスは思い切り蓋を捻り上げる。メリメリ、という音がした。
 ――瞬間、ジャム瓶が弾け飛んだ。蓋の方では無く、しっかり左手で固定していた瓶が。粉々になったのだ。力みすぎたあまり、硝子で出来た瓶の方にダメージを与えていたらしい。
 タイミング悪くアレクシスが戻って来る。で、戻って来るなり彼は青い顔を更に青くした。

「だ、大丈夫かい!?怪我してる――」
「い、いえっ!ここ、これはジャムです!イチゴの!」

 瓶を握りつぶした手は無傷である。それより、中のイチゴが溢れて来て手はベタベタだし、何より高そうなジャムだ。弁償を迫られたら家が破産する――
 その事実がエディスの顔を青くした。呼応するように屋敷の主も顔を真っ青にする。何とも言い知れない空間が広がっていた。

「あの、あああのああの!」
「お、落ち着くんだ!何を言っているのか分からない・・・」
「えっとその・・・じゃ、ジャムが・・・うう・・・」
「いや、別にジャムはどうでも・・・え?瓶を握りつぶしたって・・・?あ、そうなんだ・・・」

 再び不自然な沈黙が横たわる。ややあって口を開いたのはアレクシスだった。困惑した顔を上手く隠せず、酷い顔をしている。

「えーと・・・じゃあ、バターを取って来るから、君は部屋の外にある水道で手を洗って来たらどうかな・・・」
「あっはい・・・そうします・・・」

 ――怒られなかった。あまり悪い人じゃないというか、吸血鬼らしいが割と人間的な常識の中で生きている人物らしい。