小さな両手にいっぱいの僕の心

「ねぇ、佐伯くん。スタバに寄ろう」
「へっ?何でッスか?」

 不意にそう言えば、佐伯京也は驚いた顔をした。それはそうだろう。何せ、無灯志紀が帰り寄り道する事などほとんど無いからだ。彼女自身の記憶でも、文房具を買う為に一度と、母親に頼まれたお遣いとして二度、寄り道した記憶があるだけだ。
 ――志紀の記憶ほど頼りにならないものもないが。

「志紀さん、疲れてるんスか?家に帰りたくないとか?俺でよければ相談くらい乗りますよ!」
「こらこら。嬉しそうな顔をしない。何だか今日は、もう少し君と散歩したい気分だっただけだよ」
「え、マジッスか!?超感激なんだけど!」

 きゃんきゃん懐いてくる後輩に微かに口角が上がる。友達にもいないタイプなので、可愛い。
 何より、無理矢理にでも話題を振ってくるその姿勢が良い。諦めて無言になる人間は掃いて捨てる程いるが、彼のように負けじと会話に花を咲かせて来る人間は珍しいのだ。

「志紀さん、何頼むんスか?俺、抹茶ラテとか好きなんですけど」
「ココアにあの・・・何だっけ、生クリームが浮いてるやつ。名前忘れたけど」
「あー!確かにありますよね、そーゆーの!俺、頼まないから覚えてねぇッスけど」

 その後も彼はスタバがどうちゃら、ハンバーガーはどこの店が美味しいだとか、延々と語り続けていた。

「うん、佐伯くんといると、退屈しなくていいね」
「ホントですか?いやぁ、志紀さん、最近デレ期ッスね」
「何それ」

 問うたが答えは返って来なかった。どうやら、彼の先輩に聞いた単語で彼自身も意味はよく分かっていないらしい。じゃあ何故使ったんだ。