「あぁああああ!」
「どうした、朝から」
奇声を上げれば旦那様――不知火蘇芳は不思議そうな顔をした。ぼんやりとした双眸は、現在確かに私を見ている。
「着物の!着付けが!難し過ぎる!!」
「そうか。凛凛?を呼べばいいだろう」
「毎回毎回呼んでたら『またかよ、いい加減覚えろボケ!』って言われちゃうでしょ」
「その卑屈な考え方は改められないのか・・・?」
全てが非日常過ぎて、最初のうちは硝子越しの日々を過ごしているかのようだった。全てが不透明で、掴みづらい。それでいてリアルがのし掛かってくる、実によく分からない、吹っ飛んだきりどこにも着地出来ない、そんな感じ。
――だが、最近にもなってくると慣れが出て来るもので。
現実的な問題と正面衝突する私は実に滑稽だろう。
そして、もう一つ。頭を悩ませるべき問題がある。
「そろそろ俺は起きたいんだが。いつまでそこで着替えているつもりだ」
「まだ掛かるよ」
蘇芳の配慮により、私は現在彼の部屋で日常生活の全てを行っている。言い過ぎだが、最早そんな状況としか形容出来ないのだ。着替えは彼がベッドのカーテンを閉めている間に行う。そんな、同じ部屋で別々の生活を送っていればこういった文句を言われるのは当然と言えば当然だったりする。
「・・・着付けてやろうか」
「結構!もう、魔女ファッションで行くから!」
「一着しか持ってないんだろう?どうせ明日は着物だ」
一時逃れと言われればそれまでだったが、着替えを見られるような親密度じゃないので遠慮してもらいたい。