神埼悠那は知っている。家研部の部員は総合的には料理が上手だが、その反面、絶対に手を付けられないジャンルの料理があるのだと。例えば菓子作りは上手いが洋食は作れない。例えば和食は作れるが菓子は作れない――
偏っていると言われればそれまでだが、それが家研部のジンクスであり、それを覆す万能型の部員は今日まで誰一人として存在していないのだから驚きだ。
そして、もちろん悠那も例に漏れず。
彼女は和食が作れない。炭になるだけならばまだしも、外見だけは美味しそうに出来るのだから酷い害悪だ。前までは炭だったのに、最近はちゃんとした外観を作れるようになった。
「・・・慎くん、お願いがあります」
「え、何だい?」
すっ、と悠那はそれを差し出した。朝一番に作って来たのだ。
「弁当箱?えー・・・怪しいな、一体何を企んでいるんだか・・・」
「いえ、多く作ったのでお裾分けです。大事に食べてください」
「・・・中身は?」
すっ、と悠那は目を逸らした。
中身が和風料理だと知れば、馬鹿な宮路慎でも嫌がるに違いない。というか、絶対に拒否される。
しかし、神埼悠那は嘘が吐けない子だった。よって、顔を反らすに留める。無言は何よりも怪しい行動なのに。
「う、うわあああ!いらないよ、いらない!!これ、中身和食なんだろう!?」
「えぇそうですよっ!今回は上手に作れたんです!」
「勘弁してくれないかな大会前なんだよ!!」
知りません、そう叫んで強引に弁当箱を持たせる。後はダッシュで逃げるだけだ。陸上部に足で勝負を挑むなんて無謀だったが、ここはグラウンドではない。地上戦は彼の勝ち確定だが、空中戦ならばどうか――
「ちょ、待って!いや足速ッ!!」
「待ちません!」
返し、軽やかに床を蹴る。助走を付けて階段を飛び降りた。