仰向けた睫

 人生において連れをつけた事が一度も無い。それが自慢だったディラスの脇には数週間前から一人の少女が鎮座している。《歌う災厄》と名高い《ローレライ》の中でも貴重な、歌声を武器として扱える彼女。
 後にも先にも、彼女の歌声を聞いたのはほんの数回に満たないが、その数回で破壊の限りを尽くしたのは今更と言っても過言ではない話である。

「・・・いつまで楽譜を書いているの?」
「出来上がるまでだ」

 不意に真白がそう問うてきたが、返せたのは無愛想な言葉だけだった。が、彼女は意に介した様子も見せない。

「ふぅん。とっても退屈なんだけど」
「イリヤ達とでも遊んでくればいい。この時間ならばアルフレッドの奴もいる」
「ねぇ、もしかしてわざと言ってる?」
「何の話だ」

 すっとぼけた事を言ったが、彼女がアルフレッドを苦手に思っている事は知っている。何せ、同族なのだから。
 楽譜を書く傍ら、自分の相棒となりえた少女を観察する。
 ディラスに構う事すら飽きたのか、壁に立て掛けられるようにして配置されているチェロを指で突いていた。歌は歌うが、楽器についての知識は無いらしく、この部屋へ来ると彼女はだいたいこうして楽器を物珍しげに見ている。

「こっちばかり見ていないで、作業進めたら?」
「・・・そうだな」

 図星を言い当てられ、ぐうの音も出ない。
 ほんの少しの子供っぽい発想。ほんの意趣返しのつもりで、ディラスは言葉を紡いだ。

「真白」
「ん?」
「・・・何でも無い」

 心底迷惑そうな顔をした真白はすぐにそっぽを向く。照れているのではなく、彼女の興味を惹く物がそちらの方向にあったからだ。
 振り返った彼女は随分小さく、会話するにしても自分を見上げなければならないのか、とぼんやりした頭の隅でそんな阿呆らしく考えた。