うつむかせた唇

「アイリス・・・君、今月の家賃払ってないんだけど」

 ハイツ神代の管理人こと神代戌亥は現在、非常に困っていた。家賃滞納は珍しい事じゃない。一言声を掛ければ金を払ってくれる住人ばかりである。
 ――しかし、何事にも例外はあるというもので。
 思い通りにならない、異国からやって来た異形、魔女のアイリスだけはどうしようもなく苦手だった。他者に苦手意識を植え付ける事の方が多い戌亥にしてみればとんだ誤算である。
 ともあれ、意図してか、或いは素で忘れているのかは分からないが家賃の話を聞いた彼女は何故か微笑んだ。滞納していると言われているというのに。

「あれ?あぁ、ごめんね。すぐ払うよ。来月の頭ぐらい」
「・・・それは、今は払う金が無い、って事なんだね?」
「あるよ。でも、ちょっと今は払いたくないだけで」
「だからそれは、お金が無いって事じゃないのかい?」
「違うね」

 ――話にならない。金が無いなら少しぐらい待ってやるから、素直にそう言ったらどうだ。

「ねぇ、戌亥さん。戌亥さんとこって現金納入だよね?」
「・・・あぁ、そうだよ」
「今、私の全財産は金のインゴットに化けちゃってるから、現金での納入は出来ないんだ」
「え・・・っと、それは、どうしてかな?」
「色々あったんだよ。ちょっと金の輝きが見たかった、とか」

 そこで戌亥は彼女との会話を断念した。訳の分からない理屈を並べて何ヶ月も滞納するようだったら追い出そうと心に決めて。
 その後、わなわな震えながら帰って行く戌亥を見てルシフェルが爆笑、とばっちりを橘六花が受ける事となるのだが、それについては伏せておこうと思う。