目標までの距離――目算7メートル。ここまで距離を詰めてしまえば、勝ったも同然。しかし、相手が一人じゃないのは大きな誤算だった。片方仕留めて、もう片方に仕留められるのは御免だ。
佐伯京也は両手に持ったナイフの柄を握りしめた。重さをまるで感じないそれは《妖倶》である。まるで形のある空気のようなゴツいナイフ。威力は折り紙付きなので問題無いが、それにしたって二人同時に仕留めるには些かリーチが足りない。
先輩3名はまったく別の場所で待機しているし、今この場にいるのは自分と、持ち場が早く片付けば或いは篠崎祐司がやって来るかもしれない。
「くっそ面倒くせぇ・・・もう飛び掛かるか・・・いやでも・・・」
相手もまた得物を持っている。《使用者》なのかそれとも手の内へ転がり込んできた宝を手放したくないのか。迂闊に掛かれば怪我をしそうだ。
「・・・ん」
曲がり角で身を潜めていれば、何か銀色に輝く物体が転がってきた。小さいそれは、よく見ればリングに見える。指輪ってやつ。
すぐに分かった。
祐司が身につけている《妖倶》。暗器の類であるそれには不可視の糸が絡みついており、リングを引っ掛け、固定して糸を引く事で不可視の刃トラップになる。注意してそれを見ればきらきら輝く糸が巻き付いているのが分かった。
転がってきた位置からして、彼もどうやら近くにいるらしい。
――後はタイミングを合わせるだけである。
「んな事、やってられっかよ・・・!」
が、知っているとおり、佐伯京也は物事を冷静に考えられない人間である。よって、彼は何らかの合図の方法を考えるのが面倒になり、物陰から飛び出した。
そうなる事をまるで知っていたかのように、反対側の曲がり角から祐司が飛び出す。詰まるところ、彼の冷静な頭脳があれば合図など必要無かったのである。
「手前」
「おうよ!」
短くそれだけ言葉を交わし、京也は意気揚々と地を蹴った。