「先輩、今日は一緒に帰りましょうよ」
そう朝比奈深夏に言われたのはかれこれ2時間前だ。今日は自主練だったので早く終わるだろうとそう思い、うんと答えたのに。
と、梧桐章吾は頭を抱えた。
練習が長引いた。練習する事はいい事なのだが、それによって人を待たせるのは好まない。自分も待つのが嫌いなのだから。
「うかねぇ顔してるな。どーかしたのか?」
「いや、人を待たせているんだが・・・時間がかなり経ってしまっていた」
「ふぅん。朝比奈深夏だったら校門のとこで待ってたぜ」
そうそうその人なんだ、と言えたらどれだけいいことか。しかし、山背修にその話をすると愉しそうな顔でからかってくる事は目に見えているので言い掛けて止める。わざわざ自ら墓穴を掘ることもないだろう。
憂鬱そうに章吾は溜息を吐いた。
修に返事をする代わり、校門へ走る。さっきまでテニスをするために動き回っていた身体は軽やかに地を蹴る。
はたして、校門の前に元凶はちゃんと立っていた。
鼻の頭を赤くして、首下は赤いマフラーでグルグル巻き。首回りは防寒しているようだったが、擦り合わせている両手はとても寒そうだ。
「あ、練習お疲れ様でーす」
「・・・あぁ」
無言で持っていた手袋を差し出す。今はあまり寒くないので貸してあげようと思ったのだ。
朗らかに笑った朝比奈深夏が「ありがとうございます」とそれを受け取る。
――正直、申し訳なさで一杯だ。
「さ、先輩、帰りましょうか」
「遅くなって悪かった。そのうち、埋め合わせは、する」
「え、ホントですか?待ってますよ、私」
その咄嗟に口を突いて出た言葉が、実行される日が来るかどうかは――正直、微妙なところだった。