ごくたまに。本当にごくごくたまに。
夜中、ふと眠れなくなる事がある。例えば、一度は寝付いたのに何かの瞬間、目を醒ました時とか。例えば、目を瞑っていても眠りの世界へ堕ちて行けない時とか。
それは何の前触れも無く訪れ、そうして睡眠の時間を削り取って行くのだ。
――が、睡眠時間云々の問題は少し前に存在したそれである。
事務所へ行く時間、つまりは出勤時間に縛られていた頃の話。最近では自由な時間に寝て、自由な時間に起きるのが基本スタンスとなっている。
というのも、現在、真白は仕事をしていない。今いる場所で彼女が担当出来る仕事など無いのだった。とはいっても、事務所時代には保護者を自称する存在もそのものもいなかったから自分で稼ぐ以外無く、それによってある意味規則的な生活を送っていた。
――寝なければならない、というプレッシャーから解き放たれた後は楽だった。寝たいと思わなくとも寝られる。そして好きな時間に起きればいいからいつまでだって寝ていればいいし、起きたい時は起きればいい。
「・・・目、醒めた」
そんなプレッシャーから逃れて数週間。
こちらへ来てから初めて、寝ている途中に目が冴えきり、完全に覚醒して眠れなくなった。
仕方なくベッドから起き上がる。
寝なくていいのだから、眠気が帰って来るまでどこかで時間を潰そう、と。
双子とかマゼンダあたりならばこの時間も起きていそうだ。アルフレッドは除外するとしても。
寒いので上から上着を一枚はおり、廊下へ。
予想通り廊下は冷え切り、上着があっても多少寒かった。
「ん・・・」
――廊下の先。空き部屋となっているはずの部屋から音が聞こえる。
統一性の無い不協和音ではなく、音色。協和し、反響する音だ。
その音に惹かれるように、部屋のドアをそっと開く。
「何だ・・・ディラスか・・・」
そこにいたのはもちろん、椅子に腰掛けてヴァイオリンを弾いている保護者ことディラスだった。楽器に関してはほとんど知識の無い真白なので、それがヴァイオリンの音色だと気づけなかったのである。
真白が声を掛けた事により、ピタリと彼の手が止まる。
閉ざしていた目が開き、静かな色をたたえた瞳が彼女を写した。
「どうした――こんな時間に」
一瞬の間を置いて、ディラスが時計を見る。部屋で確認してきたから分かるが、現在の時刻は午前2時。普段の真白ならばとっくの昔に眠っている時間だ。
「目が醒めてしまったの。眠くなるまでここにいてもいい?あぁ、勝手にヴァイオリンでも何でも弾いていていいから」
「そのつもりだ。好きにしていていい。明日もどうせ、何も無いからな」
「そうなの?」
「出掛けたいのならばそれでもいいが、行く所なんて無いぞ」
「だろうね。もう、いいから何かしてよ」
「我が儘な」
明日も明後日も。もちろん何の用事も無いはずだ。
再び演奏が再開されたのを頭の隅で聴きながら、真白もまた静かに瞼を降ろした。
――その後、ふと我に返ったディラスに叩き起こされるまで、今は使われていない部屋で眠りこける事となる。