アスファルト蹴って虹を越えた

 どうやら帰路に着く直前まで雨が降っていたらしく、濡れたアスファルトの匂いが不快だった。さらに濡れた道を歩くというのもどことなく気持ちが悪く、篠崎祐司はうんざりと溜息を吐いた。
 すると、隣を歩いていた一個上の先輩――高瀬紗月がクツクツと嗤う。彼女の笑いのツボは変な所にあるので、今度は何だ、と思いつつ彼女の顔を見やる。

「いやそうな顔してるねぇ、祐司くんや」
「いやに決まってるじゃないですか。俺、濡れた道歩くの嫌いなんですわ」
「そーかい。でもお前の相方ははしゃぎまわってるけどね」
「仕方ないでしょ。あいつ、馬鹿なんやから。先輩もまともに構ってたらえろう疲れますよ」

 あっはっは、と豪快に剛胆に。紗月が笑う。
 心底楽しそうな笑い声を上げていたからか、先を歩いていた佐伯京也が身体ごと振り返った。

「あーっ!なんスかなんスか!楽しそうにしちゃって!俺も交ぜてくださいよぉ!」
「・・・別に楽しくないわ。お前の方がよっぽど楽しそうやったけど」
「って、あ!」

 こちらを向いた京也が驚いたように声を上げた。その目は自分達ではなく、遥か後方を見つめている。

「虹!虹じゃね!?うぉおおお!すっげぇ!俺ってば運良いな!!」
「どこがやねん・・・」
「でかした佐伯!こりゃ確かにでけぇ虹だな!」

 紗月が言うのならばその虹は本当に立派なものなのだろう。そう思って、家とは逆の方向へ視線を移す。

「・・・あぁ、確かに。めっちゃ綺麗やな」
「だろ?ま、あたしが見つけたわけじゃねぇけど」

 ちらり、と紗月を見る。同学年の人間と変わらないように接していた彼女はしかし、やっぱり先輩であり、1つとはいえ1年余分に生きているだけある穏やかな笑みを浮かべていた。

「あー・・・写メるわ。神流に見せるやつ」

 スマートフォンの大きな画面に大きな虹を映す。画面越しに見るそれは随分と小さく見えた。

「あーあ!これだからリア充は!」

 ぺしっ、と京也から手を叩かれた。それは大した力ではなかったが、完全に油断していたせいでスマートフォンが手からすっぽ抜ける。あ、という声を上げたのはどちらだったか。
 ともあれ、弾かれたプラスチックの電子機器はアスファルトに激突した。

「うおっと!」

 前を歩いていた京也がそれを踏みかけて飛び越えた。
 そして何を思ったのか、悪戯っぽく笑う。

「おいおい、俺、虹飛び越えちゃったぜ!」
「ええから謝れや」

 携帯電話の小さな画面に小さな虹が映っている。
 それが一瞬にしてブラックアウトし、代わりにその黒い画面に紗月の爆笑した顔が反射していた。