飛び越え損ねた水溜り

「寒い・・・」

 真っ暗な空を見上げ、檜垣玲璃は呟いた。学校帰りなのだが、陸上部の彼、草薙人志を待っていたらすっかり6時を過ぎてしまった。

「おう、寒いな。雪とか降らねぇのかな」
「この寒さじゃちょっと雪は・・・まぁ、雨は降りそうだけど」

 今にも泣き出しそうな暗い空。帰る前に一雨降ったが、まだまだ降りそうだ。傘は持っているが早く家に帰った方が良いだろう。
 ちらり、と隣を歩く彼を見上げると高校生のはずの人志は「雪・・・雪・・・」と怪しげな宗教団体のような目をして空を見上げていた。いい年して雪が恋しいらしい。雨も嫌いじゃない身としては複雑な気分である。

「なぁ。帰りに何か食って帰ろーぜ。肉まんとか。俺、冬に肉まん食いながら帰るの好きなんだよな・・・って、玲璃?」
「どうしたの?」
「いや、どうしたのじゃねぇよ。何かこう・・・遠くね?つかお前、どうした。何か落としたのか?」

 いきなり立ち止まった玲璃は人志が先に行ってしまう事も構わず、精神集中していた。そんな彼女を振り返り、陸上部のエース様は怪訝そうな顔をしている。
 深呼吸、深呼吸。
 短く息を吐いて、走る。
 短くも長くもない制服のスカートが翻り、本来運動する為の靴ではないローファが高い靴音を奏でる。
 雲に隠れて鈍い色を放つ、三日月を、越え――
 ばしゃん、という音と共に月は霧散した。そして靴下が濡れた。足先が凍える。

「え?・・・え?マジか。越えられると思ったの、お前」
「・・・いや、失敗すると思ってた」
「馬鹿か。おら、帰るぞ。風邪引く」
「はーい」

 足を退けた水溜りから徐々に水紋が消え、雲の切れ間から顔を覗かせる三日月が写った。