3話 現実への干渉

02.行き先


 ***

「いつになったらここから出られるんだろう……」

 ミソギは不意に呟いた。
 夢の中の霊障センターから外へ出たは良いが、外は暗雲が立ち込め、何だか気分までどんよりと曇ってくるような重苦しい空気が漂っている。雨の日特有の湿気と、そして霊的な息苦しい空気も相俟って最悪のコンディションだ。何故夢の中だと言うのに、感覚だけはこうもリアルなのか。

 しかし、地形は現実と同じものだ。空間が歪んで全く別の町になっている訳でも、まさか外という概念が無い訳でもない。つまり、この地形であれば通常と同じように支部へ向かえば目的地へ辿り着くという事になる。
 であれば立ち止まっていないでさっさと足を動かした方が良いだろう。それに、センターとは打って変わって怪異の姿は見当たらない。誰もいないのが逆に不気味だ。

「ミソギさん?」
「え、あ。じゃあ、取り敢えず支部に行ってみましょうか」
「その場所、私も入って問題無い? 会社、のような場所なんでしょう?」
「全然問題無いですよ。一般の方も依頼の為に出入りしてますし、何よりこれは――夢の中ですから」
「夢の中……。何だか、とっても良い響きね」
「ええ?」

 可愛らしく笑う結芽は本当に良い響きだと思って発現をしている事が分かる。何が良いのかさっぱり分からないが、聞かなかった事にしてミソギは歩き出した。

 真向かいにある支部に歩を進めながら、現状を整理する。まず、ここは異界だ。しかしマップそのものは現実と同様。ならば、支部という赤札や霊的な存在が集まる場所へ行けば、その場にいる誰かが自分達の存在を感知してくれるかもしれない。
 本当はスマートフォンさえあればアプリに接続出来たかもしれないのだが、残念な事にスマホは無い。持ち込めなかったようなので、諦めざるを得ないだろう。

 そして今回は一般人のゲストがいる。今までも何度か一般人の面倒を見ながら仕事をした事はあるが、こんな特殊ケースは初めてだ。
 とはいえ結芽自身は物怖じしている様子は無い。歩く速度がかなり遅い事だけが心配だが、急に怯えて悲鳴を上げたり腰を抜かすという事も無かった。彼女はある程度放置しておいても大丈夫そうだ。センターに長年入院しているだけあって肝が据わっている。
 しかし、何故彼女は先程から嬉しそうにニコニコとしているのだろうか。事の重大さが分かっていないのかもしれない。

 瞬間、氷雨の言葉がチラッと脳裏を過ぎる。嫌な予感がしたものの、それは一旦考えを仕舞う。少なくとも、結芽から自分への敵意は感じられないからだ。

「あ、着いた。結芽さん、こっちから入れますよ」

 色々と考えている内に支部に到着した。本当に近い。
 外から大きな窓を覗き込んだところ、人の姿や気配は一切無いように感じられる。自動ドアが開くか不安だったが、そこはきちんと反応し無音でドアが開く。

「人、いないなあ……」
「そうね。いつもこんなに空いているの?」
「いやいや、誰かしらいるはずなんですけどね」

 外から見た通り、中はもぬけの殻。人が大勢居るはずの場所に誰もいないとかなり恐怖を掻き立てられる。ただし、除霊師が駐屯する施設だからか、怪異の姿もまた無かった。

 ――これは多分、私が視ている夢……。
 結芽が支部の構造を知っているとは思えない。であれば、ミソギ自身の夢なのだろうか。それにしても結芽が何故か同行しているという事実は意味が分からないが。

「誰もいないのね。どうする?」
「うーん、一先ずカウンターから何枚か霊符を拝借しようかと。まあ、あればの話ですけど」

 夢の中とはいえ、ずっと叫び続けるのはキツい。現実と変わらないくらいダメージが大きいとも言える。なので、霊符はあってくれた方が助かるのだが果たして元々保管してある場所に霊符などあるのか。
 支部の中については物の位置などが若干違う。配置されている物というのがその時によって異なってくるので当然と言えば当然だが。

 カウンターの奥を探ってみると、ボロボロの霊符を1枚のみ獲得できた。今にも崩れ、風化してしまいそうなのが大変心配だ。これは果たして使えるのだろうか。

「スマホが欲しいな……」

 せめて情報のやり取りが出来れば、という体で呟いた言葉。それに対し、珍しく結芽がその口から意見を漏らした。

「ご自宅にスマートフォンを置いているのでは? えぇっと、物の配置はあまり変わっていないと言っていたし」
「私の家かあ。ちょっと遠いんですよね」

 ただ結芽の言う事は一理ある。もしかしたら、スマホは自宅にあるのかもしれない。

「……行くだけ行ってみますか」
「ええ。分かりました」

 こうしていても仕方が無い。あまり収穫の無かった支部を後にするように、外へ足を踏み出したその瞬間だった。
 踏みしめた足の感触は、コンクリートのそれではない。

 ぎしり、床板が軋む音が脳で渦を巻く。まさか、出入り口から外へ出たはずだ。それなのに――

「校舎、学校……!?」

 しかも木造。ただし、直感で分かる。この場所はトキと喧嘩をした地であり、南雲と初めて出会った色々と思い出深い場所――七不思議を討伐した、あの校舎だ。

「ここから出ないと!」