02.密談
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翌朝、午前9時。
今日は前々から決まっていたハードスケジュールの日だ。今は三舟にあって上等なモーニングを食べつつ、この間発覚した事実の詳細を聞くために外出。午後からは普通に仕事で夜まで。
我ながら馬車馬のように働く、仕事マシーンか何かのような生活だ。
「――と、言うわけで。あまり時間が無いんですけど、このヤバい書類の事について聞きに来ました」
「おや、彼女から説明は受けなかったのかね」
笑っているのか真顔なのか計りかねる、三舟の怪しげな表情。もう慣れてしまったので何とも思わないが、見れば見る程凶悪な顔をしていると思う。夜中に外を徘徊していようものなら職質ものだ。
失礼な事を考えていると感じ取ったのか、何故かミソギを鼻で笑った三舟が話を進める。
「それで、内監の話だったな」
「本気で私を内監に?」
「勿論だとも。まあ、私の不手際で相楽が君の周囲を嗅ぎ回り始めたのは悪かったがね。彼は……機関に対し、あまり良い感情を持っていない。最初から疑って掛かる人間程、面倒なものはいない」
「そりゃそうですよ、相楽さん、白札だし」
「まあ、分かっていた事ではある。相楽の件はこちらでどうにかする。奴の目を逸らす事自体はそう難しい事ではないのでね」
どうするつもりなのかは聞かなかった。目を逸らす事が目的であるのならば、相楽に直接的な危害は無いのだろう。
「というか、敷島さんは三舟さんの部下って事ですか?」
「そうだな」
「だからちょいちょい私に警告して来てたんですね、あの人」
「まあ、あれは割と人情味のある人間なのでね」
「部下って割に心底警戒されてますね、三舟さん」
敷島は三舟を危険人物と認識していたが為に、まさかこの二人が上司と部下であったなんて思いもしなかった。腐れ縁、利害関係のみの知り合い的な存在だと勝手に思っていた程だ。
それを考えながら、朝食を突く。
内監に所属するか否か。正直、拒否する選択肢は無いように思える。この間、相楽が呼んだ内監の彼女は「疑いの目を向けられている」とそう言っていた。
所属のお誘いなどそこまでして自分を内監に入れる必要は恐らく無い。であれば、そこまでしないと、もうフォローのしようが無いところまで話が進んでいるという事になる。
それに、三舟にはなんだかんだテディベアの件だったり助けて貰っているのだ。面倒だというそれだけの理由で誘いを突っぱねる事はもう出来ない。
「ちょっと聞きたいんですけど、敷島さんって機関の管轄じゃなくて警察の管轄じゃないですか。私も、まさか急に余所へ飛ばされたりしないですよね?」
「敷島はもともと警察側の人間だな。赤札程の力を持っているが、内監初期所属なので機関への異動を出していない」
「えっ? じゃあ、警察でありながら機関員でもあるんですか?」
「簡単に言えばそうなるな。まあ、ようはパイプ役だ。無論、君にそのような役割は期待していない。急な異動は無いだろうな」
――そりゃそうだ。そんなに器用に出来るのであれば、トラブルなどとは無縁の生活を送っていたに違いない。
「あと……私、三舟さんの手伝いを散々やってたと思うんですけど、あれ、結局は何をやらされていたんですか?」
「その内容を詳しく知りたいのであれば、書類に判を押した後だな」
「重要な事やらされてたんですね、私」
「さて、どうする?」
「……そうですね、受ける事を検討する方向で考えてはいます」
「ふむ。時間が必要か。また連絡したまえ」
案外あっさり解放する姿勢を見せた三舟に、不意に思い出した事を訊ねてみる。何でも知っている彼なら或いは知っているかもしれない。
「三舟さんは、氷雨さんが私の事を捜している理由について知っていますか?」
「何、氷雨? ……ああ、異動してきた彼か。さあ、それについては私も何も聞いていないな。接触する予定でもあるのかね?」
「そう、ですね。何だか捜されているみたいです」
「そうか。……変な動きをしているな。確認はしておこう」