17.内監
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「ミソギ!」
相楽の前から撤退しようとしていたミソギは、彼の何か思い出したかのように呼び止めるという行為によって進めかけていた足を止めた。返事をしながら背後を見やる。
「あ、どうかしましたか?」
「おう、悪いすっかり忘れてた。あと5分だけいいか? おじさん、最近物忘れが激しくてな」
「それは大丈夫ですけど……。相楽さんも忙しいんじゃないですか?」
「気にするな。俺も忙しいが、招集を掛けたのも俺だからな。個人的な理由でやっぱり後日って訳にはいかない」
「招集?」
全く素晴らしいタイミングでドアをノックする音が響いた。引き込まれるように、そちらを見やる。相楽が「入って良いぞ」と廊下に居る人物に声を掛けた。
「失礼致します」
「えっ、誰?」
支部長の思わせぶりな発言に、誰ぞ知っている人物との約束でもあるのかと思ったが現れた女性は全然知らない人だった。表情の無い、仕事の出来る女という顔立ち。見た事の無い透明なプレートを首から提げている。何を示しているのか謎だが、除霊師ではあるという事か。
胡乱げに彼女を見ていると、その人物は淡々と言葉を紡いだ。義務的、否いっそ機械的に。
「3349です。内部監査の為やって参りました。何かお取り込み中のようですが、今、お時間はよろしいでしょうか」
「内監……!!」
うっすらと記憶が蘇る。
そういえば、1年前くらいに相楽が皆に内監という組織について話をしていたはずだ。もっとも、プレートの色は透明だよって話、ただそれだけだったと思うが。
「ミソギ、この間のテディベアの怪異、あったろ?」
「ああ、はい。逃げ出しちゃったやつですね」
「そうそう。そんで、それがペナルティ無しってのがどうしても腑に落ちなかったから、どういう事情があったのか聞く為に呼んだ。お前も、何でこうなったのか知っておきたいだろ」
「それはまあ、確かにそうですけど……。いやでも、私的には何事も無く終息して安心してましたし」
ご安心ください、と内監の彼女はやはり機械的に言葉を紡ぐ。
「私のような末端の人間に、決められた事実を覆す力はございません。何を聞いても、恐らく下された決断に変わりはないかと思われます。勿論、怪異・テディベア以外の不祥事が見つかれば別の話とはなってしまいますが」
「えっ、あ、そうですか」
過ぎるのは三舟の存在だが、そのお話で呼ばれた訳では無いだろう彼女は、多分三舟という人間の存在すら知らない。
居心地の悪い気持ちは拭えないが、心配するべきことも別段無い。そう言い聞かせてゆっくりと呼吸する。
「じゃあ、話を進めようか。お前さんも、そっちのソファに座って良いぞ」
「いいえ、結構です。私は長話を出来る立場にございませんので」
「うん?」
「まず、ミソギさんが起こした、怪異の取り逃がしリスク。これに関しましては私が確認致しましたところ、相楽支部長にはお話できない事となっております」
「何? いや、俺支部長なんだが……そりゃあ、また、どうして?」
「この件に関しましては公の場、表の場に公表しないものと決定し、処理されました。よって、私もお話出来ない旨のお話をこの場へ持って来たので内容を存じ上げません」
「話が出来ないって話を伝達しに来たってわけが」
「さようでございます」
そして、と畳みかけるように彼女は的確に伝達を吐き出す。まるで拡声器、生きた連絡機器だ。
「ミソギさんに関しましては、別件で私共から確認する事がございます。お手数ですが彼女と2人でお話が可能な部屋を貸して頂けないでしょうか?」
「それは俺も聞いちゃ駄目な話って事か? あんまり内監に噛み付くつもりはないが、ミソギは一応まだ未成年。おいそれと訳の分からん別件とやらに巻き込む訳にはいかないんだが」
「彼女に関しましては、別の『保護者』がおりますので相楽支部長が気になさる事はございません。ご安心ください」
――えっ、いや、別の保護者って誰!?
流石に意味が分からない。それが顔に出ていたらしく、こちらの表情を盗み見た相楽の顔が一瞬で真顔になった。
「ミソギ、お前心当たりとか無いのか?」
「いや、全然……」
「おい、こんな事言ってるけど人違いじゃないのか?」
人違いの線が濃くなってきた。しかし、凜然と佇む内監の彼女の表情に淀みは無い。