14.撤退の命令
ゲームである事をアリスは理解している。それを理解したミソギは視線を彷徨わせると、核心へと踏み込む一歩、そんな話を開始した。
「えーっと、アリス。あなたはゲームのバグって事になってるんだよね。他でもない、あなたを作った人達――ゲーム会社の人達に」
「…………」
「……そ、それで――」
あまりにも不気味な沈黙であった為、更に話を引き延ばそうとしたまさにその瞬間だった。アリスの表情が恍惚としたものから、明らかな憤り、或いは激昂したかのような表情へと変わったのは。
「私はバグなんかじゃないッ!!」
思わぬ剣幕に息を呑む。明らかに地雷を踏んでしまった。
目を吊り上げ、急に怒り出す様は見ていて情緒不安定さが伝わってくるかのようである。この精神の乱れは確かに怪異と通じる物があると言えるだろう。
「私の親が、私の事をバグだと!? 彼等が私に声を吹き込み、性格をすり込み、この外見を与えたのにッ!! なのに、思い通りにしたらバグ!? 冗談じゃ無い! 私は! 確かに生きているのに!!」
――データとは一体何なのか。
少なくとも臨場感たっぷり、まるで他者から吹き込まれた声を自身の声のように扱い、設定された性格を使いこなすそれはデータでは無いのではないだろうか。
馬鹿な考えに囚われつつも、じり、と一歩後退る。
ここは怪異・アリスの領域。あまりその主を怒らせるものではない。現状、自分の命は彼女の裁量一つに懸かっていると言っても過言では無いだろう。
「アリス、あなたは――」
「えっ!?」
話し掛けるとやや嬉しそうに振る舞う彼女だったが、何故かこの瞬間だけは驚愕したような困惑したような声を上げた。その振る舞いに、目を見開く。
景色がぐらりと傾き、唐突に視界が暗転した。
***
「……あれ」
あまり親しみは無いが、この数時間で見慣れてしまったオフィスの風景。ミソギはゆっくりと目を眇めた。視界に広がっているのはさっきからずっとゲームをやっていた、あの部屋に他ならない。
「よお、お目覚めか?」
「あ! 敷島さん!」
いつの間にやって来たのか、敷島がすぐ隣に仁王立ちしていた。その手には今し方までミソギが着けていたVRゴーグルとスマートフォンが鎮座している。それを見ただけで、何が起きたのかは火を見るよりも明らかだった。
あまり褒められた事では無いが――恐らく、端末とゴーグルを取り上げる事で、ほぼ無理矢理ログアウト。強制的に現実世界へ帰還させられたという事か。
これは禁じ手。霊感の無い人間はまず間違いなく意識を取り戻す事は不可能だし、怪異の成長具合によっては除霊師でさえも意識が回復しない場合がある禁断の方法だ。
案の定、あまりの光景に呆然と突っ立っていたトキが我に返った瞬間、怒号を上げる。
「きっ、貴様どういうつもりだ!? 除霊師でも無い分際で、余計な事をするなッ!! 二度と目覚めなかったらどうする!?」
「起きたんだから問題ねぇな」
「そういう問題ではないッ!!」
ぼんやりとしている頭で、何故敷島がここへ来たのかを考える。自分の助っ人である事は確かだが、ここからどう話を転がすつもりなのか。
ちなみに、勝手に会話を聞いて理解した事は1つ。敷島は伝言があると言ってこの部屋へ来、机に突っ伏している自分を発見。ごくごく自然な流れでゴーグルを取り上げたらしい。トキの指示を仰ぐ事無く。これは喧嘩不可避。
「――えーっと、それで敷島さんは何の伝言を伝えに来たんですか?」
「ああ、そうだったな。今回の件はお前等の機関、その上層部が請け負う事になった。ま、どういう処分をするつもりなのか俺は知らんが。つまり、俺達は現場から撤退する事になる」
「あ、そうなんですか……」
「それで、だ。お前等の上司である相楽に連絡して貰いたい。いいな、トキ?」
――これはチャンスなのでは!?
何故かトキを名指しした敷島の行動。ミソギはようやっとUSBの出番が来た事を悟った。トキが酷く不審そうな顔をする。
「私に電話をしろと? お前が自分でするか、ミソギに掛けさせろ」
「あ? 今、意識飛んでた人間に電話なんざさせられるか。俺は相楽の電話番号なんて知らねぇし」
「……チッ」
残念ながら敷島の言い分は真っ当だった。舌打ちしたトキが自身のスマホを持って立ち上がる。
「ミソギ、そこにいろ。外で掛けてくる」
「あ、うん。了解」
トキと敷島が部屋から出て行った。