4話 Error-0

03.言い分の正当性


 ***

 という、朝一の記憶を思い返していたミソギはふと我に返った。ポケットの中には見つかれば大問題の地雷、USBがある。落ち着けたものではない。
 そういえば、と不意に雨宮が呟いた。

「ミソギの事、氷雨さんが捜していたよ。何か用事があったみたいだけれど、会えたかな?」
「えっ、何それ初耳なんだけど。えー、何の用事だろう。面識もあまり無いのに」
「そうなの? じゃあ、何故彼はミソギの事を捜していたのかな。相楽さんからの伝言なら、相楽さんがやればいい訳だし」
「そんなの私が聞きたいんだけど……」

 氷雨の事を思い出すと、どうしても302号室での出来事も同時にリフレインしてしまう。あの、身の毛もよだつようなシルエットの一件をだ。妹さんが使っている病室との事だが、結局アレは何だったのか。
 腕を組んで仏頂面をしていたトキが険しい顔で口を開く。これは何か小言を言う時や、苦言を呈する時の顔だ。

「ミソギ、お前――」

 強烈な小言を覚悟したその瞬間。会議室のドアが無遠慮に開け放たれ、相楽がひょっこりと顔を出す。いつものんびりした、どこを見ているのか分からないような顔をしている支部長殿だが、今日はどことなく疲れ切っているのが見て取れた。目の下にはっきりと隈もある。
 急な彼の登場に、やや目を細めたトキは何を言うでもなく口を噤んだ。どうやら、自身の話題は後回しにしたようだ。

「おーう、遅くなって悪かったな」
「相楽さん、どうしたんですか?」

 不穏な気配を感じ取ったのだろうか。十束がやや心配そうに訊ねた。あー、と意味不明な奇声を上げた相楽は自らの頭をガリガリと掻く。

「や、それがよ、大事な書類をどっかやっちまったみたいで。緋桜の女狐に送るやつだってのに……。無くなるはず、ないんだけどな」

 後半部分は最早独り言だったが、ありありと不信感が滲む呟き。
 しかし、書類の話をそこで一度終えた相楽は切り替えるかのように仕事の話を始めた。

「とにかく、今日の話をするかな。今日は――まあ、ミソギが居るから察してると思うが、また解析課と合同任務だ」

 上司は呟きながら適当な椅子に腰掛ける。

「最近多いな」
「おっさんもそう思うが、まあ、ミソギが存外使える事に解析課の連中も気付いたんだろ。溜まってた仕事を片してしまいたいのかもな。つっても今日は、流石にミソギ一人じゃ厳しそうなヤマだから人数をかき集めた訳だが」

 言いながら見回されたメンバーは成る程、ツバキ組内部でもかなりの手練れ揃いと言えるだろう。自分で言うのも何だが。

「へぇ、オオヤマってやつですか。何の仕事なのか、楽しみですね」
「雨宮、お前そういうところあるよな。まあ、おっさんよりお前等みたいな若い連中の方が分かりやすいというか、理解しやすい仕事だ。ゲーム会社に行く。余所様の会社で粗相するなよ」

 ――えー、やっぱり着いてくるんだ。それはちょっと困るな……。
 ミソギはそれとはなしにメンバーを見回す。人数は4人。皆同じ行動を取るか、2対2に別れるかのいずれかだろう。
 一塊である可能性を捨て、2人1組だとしたら、当たりは間違いなく雨宮だ。彼女はある程度、こちらの状況を把握している。言葉での説得が可能であるかもしれない。

「ゲーム会社で怪異? 変わった怪異なんですか」

 首を傾げた十束が訊ねる。そうだな、と相楽はあっさりとそれを肯定した。

「俺はなあ、ゲームなんざする暇が無いからよく分からんが、ゲームの中に怪異が棲み着いてるみたいなんだよな。それで、ミソギの絶叫が通じなかった場合は正攻法で怪異を露出させた上で除霊する必要がある……みたいだ」
「何だかそれ、曖昧ですね」
「うーん、おっさんもどうなってんのか分からないんだよなあ」

 鎌掛けてみたが、相楽は本当に事情を完璧に把握してはいないようだ。
 既に三舟から聞いた内容と、相楽から聞いた仕事の内容は相違点がある。まず、三舟はゲームのデータそのものが怪異化していると言った。なので、ミソギの攻撃は通らないのだと。
 しかし、相楽はゲームの中に怪異が棲み着いていると説明した。露出さえさせられればミソギでも除霊可能ではないのかと。

 どちらの言い分が正しいのかは分からない。分からないが、これは三舟の正体をm意破るその一点において重要な食い違いである気がする。
 三舟が今回対峙する怪異に対して、より知識を持っているのであれば、それは不思議な事だ。逆に相楽の言が合っていれば三舟の言い分は間違っていた事になる。