04.篠田の証言
先程、凛子を中へ入れてくれた女性は主人である富堂秀秋の妻、美保だった。穏やかそうで物腰の柔らかい女性だ。彼女は自分達をゲストルームまで案内すると、最後にはドアを閉めて秀秋の隣、ソファに身を沈めた。
この部屋に居る、屋敷の関係者は3人。
富堂秀秋、富堂美保、そして例の執事である篠田仁だ。
「娘さんが居るそうですが、今はどちらに?」
「娘の麻央でしたら、私達の寝室に居ます」
美保は少しばかり表情を曇らせてそう答えた。質問した敷嶋が鷹揚に頷く。手元の資料に目を落としながら、早々に篠田へと声を掛けた。
「目撃証言が聞きたい。篠田さん、もう一度起きた事のあらましを説明して頂けますか」
「ええ、畏まりました」
篠田の話を完結にまとめると以下のようになる。
屋敷の家事全般を担っている篠田は夜、10時過ぎになるとそれぞれの寝室を訪れる事になっている。就寝前に必要な物、用事はないか確認する為だ。その日、篠田は夫妻の寝室を訪れた後、娘である麻央の部屋へやって来た。
ノックした所、中から返事が無かったので不審に思い失礼を承知で中へ入ったところ、麻央の姿は無かった。が、彼女の部屋に置かれていたテディベアの人形がカッターナイフを持って襲い掛かって来たそうだ。
「……なるほど。おい、除霊師2人、どうだ?」
「え? いや、どう、とは……?」
「テディベア、つったら人形だろうが。それが怪異となって襲い掛かって来る事はあるのか?」
「ありますね。人形とかって他人の感情を溜め込みやすいんですよ。持ち主にとても大事にされていた、逆に不当に扱われていれば怪異化する可能性はあると思います」
模範解答を口にしながら、チラと篠田を見やる。彼は身体中の至る所に白い包帯を巻いていた。テディベアの持っていた凶器がカッターナイフだったからこの程度で済んだのだろうが、もっと大きな刃物であったのならば最悪死亡事件になっていたかもしれない。
「――怪異事件であれば、解析課は管轄外ですよ。何故、怪異の仕業ではなく人間の呪いの類だと考えたのですか?」
ここでそれまでずっと黙っていた富堂秀秋はバツが悪そうに眼を細め、ぽつりと溢した。
「遺産相続の件で揉めていまして、妹と。その、妹は……こう言っては人聞きが悪いかもしれませんが、かなりの甘えたでして。父が娘だからと妹を可愛がった結果、とんだワガママ女に成長してしまったのです。正直、一生を遊んで暮らせるだけの遺産を妹が諦めるとは思えない」
「参考にしましょう。その妹さんは呪術についての知識は?」
「無いでしょうね、興味もないでしょうし。ただ、人を雇う金程度ならば問題無くあります」
どうしますか敷嶋さん、と凛子が淡く訊ねる。そうだな、と頷いて見せた敷嶋はソファから立ち上がった。
「こうしていても埒があかないな。富堂さん、彼女達に現場を見せてもいいですか。除霊師です、我々が現場を見るより得られるものがあるでしょう」
「ええ、勿論。ただ、そのテディベアの人形は麻央の部屋に置いたままです。1人で行かれるのは……」
「置いたまま?」
「麻央が動かさないで欲しいと煩くて。危ないので撤去したかったのですが、いつ動き出すのかも分からないでしょう?」
敷嶋は秀秋を見、そして壁際に突っ立ったままの篠田を見る。松葉杖の彼はどこか上の空のようだった。あれだけの大怪我をしているのだし、屋敷に対して思う事があるのは間違い無い。
「――ミソギ、雨宮。俺はここにいる。山本と富堂麻央の部屋を改めて来い。何かあれば呼んで構わない」
「了解。さあ、行こうか。ミソギちゃん、雨宮ちゃん」
凛子に導かれ、富堂美保を先頭に件の部屋へと向かう。山奥に建っていて、土地が広いからかこの屋敷自体もかなり広いようだった。