02.本日のお仕事
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支部の中は相変わらず、昼なのに人の出入りが激しかった。明らかに同業者、民間の相談窓口を目当てに来た一般人、色札を着けていない機関員――まさに多種多様である。
こんな支部でも、何故か久しぶりに来たように感じられてミソギは目を眇めた。『供花の館』から休日を経て、続けざまに『アメノミヤ奇譚』だった訳で、先月は心底忙しかったと言える。
そういえば、まさかとは思うが相楽の呼び出しに奇譚の話が関係あるなんて事は無いだろうか。気が抜けきっているので、今鎌掛けて来られたら対応しかねると思う。
「おい、何をボーッとしている。行くぞ、相楽さんが待っている」
「……はーい」
せっかちトキに苛々とそう言われ、止まっていた足を動かす。
そのまま指定されていた別室の中へ入った。
「失礼します、ミソギです」
「おう。遅かったな」
「センパーイ、俺もいますよ、俺も!!」
――南雲。
自分達より先に来ていたのだろう。出された茶菓子を遠慮がちに摘んでいる。腹が満たされない程度に、口寂しさを誤魔化しているようだ。
「まあ、座れ。お前等3人に仕事だ。何でそんな怪しげな顔すんだよ、ミソギ。お前、今月解析課の担当だったろ?」
「いやまあ、そうなんですけど。私の今月の担当とは関係の無さそうな南雲が何故かいたので」
ソファのど真ん中に陣取っている南雲の隣に座る。トキもまた、横柄にソファへ腰掛け足を組んだ。こいつ、何故上司の目の前で常軌を逸した態度を取れるのだろうか。
全員が聞く姿勢を取るや否や、相楽が口を開いた。
「ミソギは解析課の担当だが、1回目は前任が付き添う事になっててな。トキはその為に呼んだ。で、来月は南雲が担当だから見学させる事にしたって訳よ」
「来月は南雲が担当する? 無理でしょう、それは。ノミの心臓のこいつに出来るとは思えません」
「先輩辛辣ぅ!」
南雲が悲壮感に溢れた感想を漏らしたが、トキの言う事は尤もだ。いや、人の事は言えないのだがどうしてもこの大きな子犬が解析課のサポートをしている想像が出来ない。
まあまあ、と相楽が手で部下達の視線を制する。
「いやな、俺もぶっちゃけ解析課の人員が変わらなけりゃこのプランで行けると思ってたんだよ。だがな、今月から解析課の新人が一人で仕事するようになっちまってな。もうおっさん、超心配で」
「新人? 山本凛子か……」
「そうそう。先月、トキが担当してた時は敷嶋の脇に控えてたあの子な。まあ、山本ちゃんも悪い子じゃねぇんだ。ただまあ、一人でやらせるにはちっと心配だな。敷嶋もこっちから人間をレンタルしてる以上、丸投げする程アホじゃねぇだろうが。そういう訳で、南雲はもう前段階から慣らしとく事にした」
――こちらとしては解析課の人員がどんな人物なのか分からないので何とも言えないが、相楽はどうやらそれをかなり気にしているようだった。
「だってよ南雲、どう? やれそう?」
「いや、ぶっちゃけていいすか。俺、警察系の組織って相性悪いんすよね」
「……ああ! そりゃそうだわ! 見た目が明らかにヤンチャしてそうだもん、南雲! 盗んだバイクで走り出しそう!」
「それ犯罪っす、先輩。立派な窃盗罪ですからね。あー、憂鬱だなあ……」
ちら、と南雲の様子を伺う。耳には無数のピアスホールが空いており、相変わらずの鶏冠頭。なお、ピアスについてはトキから「烏避けか?」、と聞かれて以降、数自体はかなり減らした模様。
人を見た目で判断してはいけないと思いつつも、南雲を見れば触っちゃいけない危険なチンピラにしか見えない。同僚且つ後輩でなければ間違い無く嫌煙してしまう見た目と言えるだろう。
しかし、ごめん南雲。心中で手を合わせて謝る。
笑いが止まらない。上司の前である事を完全に忘却し、腹を抱えて大笑いする。トキが若干引いたような目を向けてきた。
「おい、何だ。何がおかしい?」
「ヒドイんすよ、トキ先輩。俺が警察苦手、って言ったらメッチャ笑われるんですって」
「……ああ、成る程」
南雲をまじまじと見たトキはすぐに同意の意を漏らした。一方で、対岸に座っている相楽もまた肩を揺らして必死に笑いを噛み殺している。何て奴なんだ、南雲。この殺伐とした仕事の話をしている中で上司を笑わせに来るとは。
「ちょ、ミソギ先輩を止めて下さいよ! いつまで笑ってんだー、って!」
「……? 何だか知らないが、本人がそれで楽しいのならば良いだろう。それで、相楽さん、仕事について我々は何も聞いていないのですが」
「丸投げしないで下さいって、マジで!」
相楽がトキに小さなメモを渡した。目を通したトキが特に読むこと無く、そのメモをミソギに手渡す。笑いすぎて腹を痛めながらもメモに目を落とすと、どうやら書いてあるのは住所のようだった。
「山本凛子からの伝言だ。まあ、伝言つっても人員を寄越せって連絡だったんだが。その住所の場所が、解析課の部署がある場所だ。車使っていいから、寄り道せずに行って来いよ。今日はトキが運転する、ってんで迎えは断っておいた」
車のキーを受け取ったトキが立ち上がる。その後にゾロゾロと今日の面子が続いた。そんな中、相楽が不意に訊ねて来る。
「あ、そうだミソギ。お前、ここ最近、女狐……じゃねぇや。緋桜と喋ったか?」
「え? 何で緋桜さん? いや、別の組合長だし最近どころか一回も喋った事、無いですけど」
「……そうか。変な事聞いて悪かったな、気を付けて行って来いよ」
――いやホントに何で緋桜さん?
そう思いはしたが、深く突っ込んだら負けだと思い、その台詞は呑み込んだ。