04.名前の呪い
出会った時から思っていたけれど、と不当な暴言を吐いた蛍火がすっと話題を変えた。彼の視線の先には相楽がいる。
「それ、そのぎ公園から出たらまずはセンターに検査入院ですね。近年稀に見る凄惨さですよ」
「ま、マジか……。まさかおっさんの腕、いきなり取れたりしないだろうな」
「どうでしょうね」
「意味深な笑顔止めろ!!」
茶化してはいるが、相当に酷い霊障と見た。蛍火の態度が明らかに違うし、口調が命令的だ。「〜した方が良い」というやんわりした物言いではなく、断定。蛍火のようなタイプは肝心な時にこそ真剣なので真剣な顔をしている時は嘘を吐かない。
ずっと腕組みをして何事か考えていたトキがいよいよ呻り声を上げ始める。何事だ。
「な、何すか? どーしたんすか?」
「……当時、雨宮は意識が無かった事以外にこれといって外傷は無かった。転んだ擦り傷などはあったが、時間の経過と共に消えたという事は霊障の類ではなかったのだろう」
「はあ……。それがどうかしたんすかね?」
「何故、無傷で一応の生還を果たせた?」
「あっ! マジだ! 多分、誰も不謹慎過ぎて突かなかったネタを触っていく姿勢、痺れるっす!」
そう言われてみると不自然と言えば不自然だ。南雲自身は雨宮に会った事が無いので何とも言えないが、水ぶくれのような霊障を発した相楽と違い雨宮は『目が覚めないだけ』だと伺っている。寝たきりというのも悲惨だが、外傷は無い。
「名前に『雨』が入っていたからじゃないかい?」
「はぁ?」
蛍火はトキの無礼な態度を笑って受け流すと、雨空を見上げた。今もなお、衰えること無く雨は降り続いている。
「雨乞いの儀式だったんだ。かつての彼等は雨を待ち望んでいたのさ。名前は強力な呪い、呼ばれたら振り返りざるをえなくなる呪いだからね。『雨』という名前に過剰反応して、中身だけ連れて行かれたのかもしれない」
「ならば、相楽さんの機関名の中にも『雨』の文字が入っていれば水ぶくれ程度の霊障では済まなかったと?」
「そうなるね。僕の予想が正しいのなら、って話だけれど」
「では、氷雨が襲われた際も雨宮と同じ事が起こる可能性が高いという事になるか?」
「さあ……。さっきも言ったけど、所詮は予想さ。人間の考え得る妄想の話なんて、当時の人間の思考には到底及ばないだろうよ」
ただ僕は、とゾッとするような無表情で蛍火は言葉を紡ぐ。青札全般に言える事だが、彼等はスイッチの切り替えが激しい。ミコだけは違うと思っていたが、ついさっきその片鱗を垣間見たばかりだ。
「このアプリ。案外、ミソギちゃんではなく、雨宮ちゃんが書いたものなのかもね? ミソギちゃん、週1でセンターに来るくらいには仲が良かったようだし。スマホを借りるなら、知った子の方が良いだろう?」
「ミソギにそこまでしてやる仲の良い友人はいない。スマホなどという個人情報の塊を、安易に人の手に渡すか」
――いや、スマホくらい貸してくれるでしょ!
という反論は口から飛び出す事などなかった。吐き捨てるように、しかし皮肉げにそう言ったトキの声音が頭にこびり付いて離れなかったからだ。
更に言うと、何か蛍火が地雷でも踏んだのだろうか。トキが目に見えて苛々し始めた。貧乏揺すりが高速過ぎて目で負えない。
「せ、先輩?」
「だいたい、センターに入り浸るのも意味が分からん。医者でもないのに患者の経過を逐一確認しに行っているようで、正直不快だ」
「はい? いや、お見舞いでしょ」
「本当にそうか? このクソ忙しい中、足繁くセンターへ通い詰めるという行動はいっそ不気味だ。何か動きがあった時に、早急に合わなければならない理由でもあるのか……?」
「ちょ、おーい。ああ、駄目だ……」
最早一人で何事かを考え込み始めてしまった。とはいえ、ここはそのぎ公園。色々引っ掛かる事はあるがまずはミソギを救出して外へ出るのが第一目標だろう。考察は戻った後にでも出来る。
ともあれ、ミソギという目標が出来た以上、連絡を取ってみなければ。もう何度目になるか分からないが、一先ず彼女に電話を掛けてみる。
1コール、2コール、3コール――
「あっ!? もしもし先輩? 今どこに――って、切れた!?」
繋がったと思ったら、すぐに切れた。何だったのだろうか。一瞬、知らない人に間違って電話したかと思ったが電話帳からダイレクトに掛けたし、連絡先は間違っていない。スマートフォンの電源が入っているらしい事を確認出来ただけでも一歩前進だろうか。何とも言えない。