3話 アメノミヤ奇譚・下

02.観光地によくある案内板


 ここに人を集めた理由だが、と相楽が不意に公園の案内板を指さす。

「今からみんなでアレの解析な。3年前もそうだったが、俺達は奇譚の全容を知らん」
「それは良いんすけど、案内板がどうかしたんすか?」
「いやよ、普通に信じられねぇ事書いてあっから。誰だこんな案内板考案した馬鹿は。まあ、同業者じゃないだろうけどな」

 相楽が「馬鹿」と形容したその案内板の内容は確かに除霊師にとってみれば「何でこんな事書いちゃったかなあ」、と頭を抱えるようなものだった。
 怪異とは即ち、人の噂話、信じる心を糧に成長する。火のないところに煙は立たないわけで、そういう意味でこの案内板は火そのものだった。

 よく由緒正しい神社や寺、ひいては遺跡などに必ず立てられている案内板。それは何も道を指し示すだけのものではない。その地がどういった理由で崇め奉られ、どういった経緯で有名なのか。事の概要を一緒に書いてある案内板がほとんどだろう。
 このそのぎ公園に立てられた案内板から読み取れる事は一つ。

 公園を建てたこの場所は元々雨乞いの儀式をしていた村の跡地である。雨乞いの儀式とは今は全面的に禁じられている人柱を用意したもので、公園を造る際にもたくさんの人骨が掘り返された。また、公園の中に水の流れを引いているのはかつて干ばつで苦しんだ村の人々を供養する為である。

「えええええ!? 何すかこれ、何すかこれぇ! ヤッベェ、凄惨な生贄の儀式ってマジヤバイ奴じゃねぇっすか!」
「な? 南雲、お前みたいに騒ぐ奴がいるだろ。んで、怖がり程発想力豊かな訳だ」
「いやだって、これのヤベェとこはガチっぽいとこじゃん? 実際に人間がやった事って生々しくてもっと苦手なんすよ!」

 なら、とトキが案内板を読もうが何しようが顔色を変えず腕を組み替えるという薄過ぎるリアクションを取りながら非常にまともな意見を口にする。

「ここは実質、かつての土着信仰の跡地という事になりますね」
「そうなんだよなあ。あー、一応、組合範囲内の土着信仰は全部調べてんだけどな。心当たりねぇわ。見落としか?」
「情報を……差し止められていたりしてな」

 ぼそっと氷雨が呟く。
 相楽の見落としか、何らかの陰謀で情報を抜かれていたか――どちらの信憑性が強いだろうか。相楽のうっかりに軍配が上がりそうだが。

 そういえば、と何事かを考え込んでいた蛍火が不意に口を開く。胡散臭い笑みは形を潜めていた。

「5年くらい前に、僕も神職者関係のお仕事でここへ来た事があるような気がするよ。そうそう、工事を始める前に。祈祷させられた……ような気がするよ。うん。よくある仕事だったからあまり覚えて無いけれど」
「他に何か覚えてないのか?」
「そうですね……。ああ、そうだ。祠。祠がありましたよ、確か。今思えば見た事も無い形の祠でしたね。オリジナル色は強いけれど、やっぱりポピュラーな宗教に影響されている感じの」

 それは俺も見ました、と十束が苦い顔で手を挙げる。

「俺は中まで入りましたけど、綺麗な器? みたいなのが置いてあるだけだったなあ」
「神器とかで奉られてる核なのかもね、それ。どうしたものかな。こういうのって安易に破壊していいんだっけ? 一度戻って、資料を揃えた方が良いかもしれないね。神様に呪われたら、流石の僕もお手上げだよ」

 分かった、と頭を抱えた相楽が手を打つ。彼は最近胃痛にも悩まされているとの事だったが、身体がガッタガタなのかもしれない。一度検診を勧める。

「ミソギだけ拾って、一度撤退な。このままじゃ仲良く全滅だわ」
「また先送りか……」

 ウンザリしたようにトキがそう吐露したが、それだけだった。彼にしては大変珍しい事に、大衆の意見に妥協するらしい。

 ***

「……いない」

 正気であれば一発で警察に通報されるような、斧を振り回すという暴挙に出てまで逃走したミソギは再び単独行動に戻っていた。十束達もいなければ、自分を追って来ているかと思われた怪異達の姿も無い。
 息を潜めて周囲を見回す。
 戻った後、何と言い訳すべきかという考えも巡っているがそもそも生きて帰れ無ければその妄想も無意味だ。

 誰もいない事を確認し、今までずっと電源を落としていたスマホのバッテリーを入れ、電源も入れる。三舟とはぐれてしまった以上、指示を仰がなければどこに残りの水瓶があるのか分からない。

「――あ、もしもし? 一人に戻りましたけど」

 電話が繋がるや否や、ミソギは早口にそう言った。電話越しの奴は無言を貫いている。無視しているというか、ごそごそと何か作業をしているようだ。

『ああ、もしもし』
「繋がってます? 返事が無いから何かあったのかと思いましたよ」

 皮肉っぽくそう言ったが、当の三舟本人はノーリアクションだった。ノリの悪い老人である。

『これからについてだが、口頭で場所を指示しよう。恐らく機関の連中は君を保護してから出て行くはずだが、そうなれば手が回らないのでね』
「はぁ……。全部終わった後はどうするんですか?」
『君はそんな事を気にしていられる状況ではないだろう。良いから足を動かしたまえ。電波で位置情報を特定されると面倒だ。ああ、そこ真っ直ぐだ。というか、偶然とは言え近場まで来ているな』

 何かを見ながら喋っているようだ。声が時折遠い。
 ともあれ、文句を言ったところで作業が終わる訳では無いので最早無言で指示に従う。頭の中での計算が合っていれば、水瓶の残りは2つと神器が1つ。もうそろそろ終わりそうだ。除霊師が来ているので難易度はベリーハードになったが。