1話 アメノミヤ奇譚・上

04.ミコの決心


 行きます、と思いの外静かな声で小さな巫女はそう言った。静かではあるが、それは断言であり拒否は認めないという確固たる意思を内包している。

「私、今回の未来視でパズルのピースをバラ撒いただけなんです。散らかしたピースは私自身で回収するべき、そうでしょう?」
「だが……」
「この間、蛍火さんとお話した時に気付きました。私、支部に引き籠もっていちゃ駄目なんですっ! 『供花の館』の時、私は失敗しました。ずっと支部にいたのに、何人も行方不明者が出るまで異変に気付けなかった。きっと身の振り方を変える必要があるんですっ!」

 ――おいおい、何か危険な事言い出したぞ。
 ミコの未来視は当たる。当たる未来しか視認出来ないからだ。そんな彼女を前線へと出すのを嫌がったのは他でもない機関の本部。彼女一人の力ではねじ曲げられない、組織の力だ。
 しかし、それを聞いていた十束は酷く感銘を受けたかのような顔をした。

「そうか……。いや、俺はお前の決意を讃えよう! サポートは任せてくれ!」
「十束さんっ!」

 ちょっと、とトキと話をしていた相楽が慌てて止めに入る。

「うん、ちょっと待とうか、ミコちゃん。おっさんにもね、考えがあるっていうか、『そのぎ公園』は見送ろう。いやホント、マジでヤバイからあそこは。3年前、研修終了して半年しか経ってなかったとはいえ、エース込み赤札4人いたのに返り討ちにされてるから、あの場所は」
「はいっ! 知っていますよ! でも、私も行きます。ピースを当てはめるのはパズルを取り出した、私以外にはあり得ませんっ! 正確無比な未来視をお届けする為には、現場の状況を見る必要があります!」
「いや、十分助かってる! 断片的に聞けば何の事か分からないけど、誰よりも有力な情報を提供してくれてるって、ミコちゃんは!」

 必死で宥めようとする相楽の傍ら、巫女の少女は誰もが口を噤むような――黙り込みざるを得ないような爆弾発言を投下した。

「断言します! 私の提示した訳の分からない情報の羅列は、そのまま今回の件のゴールですっ! 必ず全てのピースを使う事になります。私は、このピース達の行き着く先を視たい」

 それは明確な向上心の現れ。飾られているだけの有り難い青札でない事の誇示。
 その熱意に打たれたのか。或いは何を言っても無駄だと悟ったのか。首を振った相楽は深い溜息を吐き出した。

「分かった。そこまで言うのなら、もうおっさんは止めねぇ。後悔しないのなら、着いてくるといい。勿論、組合は除霊師同士が助け合う場所だ。ミコちゃんがやらかした時は俺が助ける――責任者として、身体を張って」
「はいっ! 頑張りますね!」
「おう、マジで頑張ってくれよ」

 話を戻すが、と相楽がぐったり息を吐いた。お疲れ様です、と心中でエールを送る。

「あー、何だったっけ。衝撃発言のせいでちょっと上手く頭が回らねぇや。えーと、そう! アプリのID解析! 流石にルーム主の言動がアレ過ぎたから、今受付の連中にIDを解析させてる。それによっては公園には入らず、そのまま放置する可能性もあるからよろしくな」

 ――とはいえ、と南雲はチラとミコを視界に納める。
 彼女があれだけ言っておいて、そんな拍子抜けした事態にはならないと断言出来るだろう。

「じゃ、公園で落ち合うぞ。ミコちゃんはおっさんの車に乗るかい?」
「人数配分おかしくね?」
「おう、南雲。お前等は氷雨に乗せてもらってくれや。おっさん、今日は軽で来ちゃってさ。男共は乗せたくねぇわ」

 ノリの悪い氷雨がこっそりと溜息を吐くのを目撃してしまった。自己主張が乏しいタイプのようで、相楽とは相性が非常に悪そうである。

 ***

 広めの車内、飾り気のない何の特徴も感じられない氷雨の車に乗り込んだ十束は静かに目を伏せた。ゆっくりと発進した車。後部座席に座っているのだが、隣にはボンヤリと外を眺めている南雲が乗っている。
 助手席にはトキ、運転席には氷雨。会話はない。

 地下駐車場から外へ出た途端、雨粒がフロントガラスを叩いた。嫌な雨だ。鋭く降るのではなく、誰かが押し殺したように泣いている。そんな雨。鬱屈としていて酷く憂鬱な気分になってくる。このまま、二度と雨が上がらないのではないのかと錯覚してしまうような。

「雨だな」

 十束が溢した言葉に反応したのは助手席のトキだった。

「それがどうした」
「――いや、特に何て事は無いさ。雨が降っている、それだけだ」
「おい、何も無いならいちいち話し掛けて来るな」
「はは、悪い。誰も喋らないから、ついな」

 互いに気が滅入るのも馬鹿らしいので、『3年前のそのぎ公園にいた時みたいな雨だな』、と続けるつもりだった言葉を呑み込んだ。