05.日記『豚男』
「おい、それもいいが、ここは何の部屋だ?」
「良く無いよ……。確かに言われてみれば、よく分からない道具が転がってるね」
咄嗟に入り込んだ部屋は、まだ探索していない部屋だった。見た事の無い道具がたくさん転がっている。書斎にあったのと似た机の上には、資料が開かれたまま無造作に置かれていた。
どう見ても重要な部屋で、色々必要なアイテムは転がっているのだが、どれが本当に大切なのかの判断が付かない。
「鍵があるな」
不意に十束が壁の一点を指さした。ぼろぼろで所々壊れたコルクボードに、鍵を掛ける為のフックが並んでいる。その中の1つだけに鍵が引っ掛かっていた。
「2階には、他に探索出来る場所が無い。1階に開かない部屋があった時の為にも持って行った方が良いだろう」
「そうだな」
躊躇い無く鍵を手に取った十束が、それをポケットに滑り込ませる。
立ち上がったミソギは机の上を覗き込んだ。開かれていたのは資料ではなく、アルバムのようだ。否、違う。人形を造る過程を経過にした、職業ノートのようなものか。
1ページ目を見てみる。
まだ人形と呼べる程の形もしていない、手や足、頭などのパーツが写真に撮られていた。走り書きのメモというか日記のようなものがしたためられているが、専門用語が並び過ぎていてよく分からない。
2ページ目も似たような事がずらずらと書かれていた。『キョウカさん』は人形師だったらしいし、仕事は真面目にこなしていたようだ。
この部屋で人形を組み立てていたのだろうか、謎である。
「なあ、1階へ降りないか? 『キョウカさん』に出会すかもしれないが、相楽さん達にも危険があった事を伝えないと。それに、鍵も2階に必要ないのなら1階へ届ける必要がある」
「チッ、仕方ないな。降りるぞ。途中でアレと出会しても、慌てた行動は取るな。いいな?」
「わ、分かったよ。ごめんってば……」
***
話は数十分前に遡る。
相楽を含む、南雲、鵜久森、ミコの4人は館の1階を探索していた。
しかし、相楽の不安はもっぱら2階の面子に向けられている。というのも、あの3人はすぐに喧嘩する。数が悪いのか、1人欠けたのが悪いのか。とにかくそりが合わない。一見すると常識的に振る舞っているようにも見えるミソギだが、実は彼女の十束に対する頑なな態度が状況を悪化させている原因と言えるだろう。
「ああ、胃が痛ぇ……」
「だから! 俺を行かせときゃ良かったじゃないすか! 十束なんかじゃなくて!!」
「お前まだ拗ねてんの? アイツ等が絡むと大概面倒臭いよなあ、南雲も」
「相楽さんが余計な事するからじゃねえっすか!」
まだ館内で何も起きていないからか、先輩達から引き離された南雲は元気にキャンキャンと騒いでいる。いつまでこの明るさが保つかどうかは、正直何とも言えない。
しかし、ここで業を煮やしたのは鵜久森だった。
「ええい、いい加減にしろっ! お前本当にさっきから煩いぞ! 怖がっている時も煩い、そうじゃない時も煩い……一体いつがお前の静かな時なんだ!」
「そうですよぅ、南雲さん! みっともないですっ!」
女性陣からの攻撃を受け、南雲がげんなりとした顔をする。
「何だよこのアウェー感! くうっ、センパーイ、俺、今頑張ってまーす!」
「その先輩達の方が今頑張ってんだよなあ……。精神的に。ん……?」
廊下の少し広い所に出た時だった。空っぽの花瓶が置かれた小さな台に、白い折り畳まれたルーズリーフを発見する。少し黄ばんではいるが、実に意味深な配置だ。
何の気なしに相楽はそれに手を伸ばし、中身を確認する。
『私の事を慕う、まるで養豚場の豚のような男が館を訪ねて来た。何でも、この間、町へ行った時に私を見掛け、一目惚れしたらしい。どうやって住所を知ったのか訊けば、後をつけて来たらここだったそうだ。陰湿なストーカーめ。材料としても使えない醜さだったので、刃物を持って来て脅した。
私の為に何でもするから、どうか追い返さないで欲しいそうだ。
大変気味の悪い男だったが、私の趣味を披露したところ、材料を調達してくると意気込んでいた。丁度良い小間使いだ、警察に捕まるまではこの男を使ってやろうと思う。運動神経も悪そうな豚男だし、大して使えないだろうけれど』
――これは、日記か?
強い怪異が創り出した異界において、こういった誰が描写したのか分からない日記の断片のようなものが発生する事がある。間違い無くこの紙切れもその類だろう。
「おい、お前等。これを見ろ」
「わあっ! すっごく嫌な気に満ちていますね!」
言い争っていた3人は揃って紙切れを覗き込んだ。一番に読み終わった鵜久森が口を開く。
「怪異『豚男』の記述でしょうか? 私は奴と対峙していないので、断言できませんが」
「いや、間違い無く『豚男』っしょ! うわあ、リアル犯罪者だったのか。ストーカーって犯罪っすからね、ホント。アイツいよいよ同情の余地無くなったな」
怪異『豚男』の被害者でもある南雲はしきりに頷いている。彼の中ではこの記述は『豚男』に類する物で間違い無いようだった。怪異と対峙した本人が言うのであればきっとそうなのだろう、という事で話を進める。
「小間使い……ミソギの言った通り、やっぱり『豚男』は『キョウカさん』協力派って事か? つっても、この日記が『キョウカさん』のものとは限らないって線も――いや、それは流石にねぇか。これは『キョウカさん』の日記って事で仮確定しとこう」
紙切れを凝視していたミコが不意に言葉を溢した。
「――視えます。これと同じような紙が、あと3枚どこかにあるはずです」
「3枚? ああ、階段の分か。アイツは落とし物も無かったし、三怪異とは別の怪異だと思ってたんだがな」
「キョウカさん、って線もあるんじゃねっすか? ま、何にせよ紙の合計は4枚って事っすね!」
探索を続けるぞ、そう言って相楽は手近な部屋のドアを開けた。