緩やかな直角登り

お題サイト「Mercy Killing」様よりお借りしました。


 音楽の授業だった。しかし、どうも今日は担当教師が休みらしい。これは自習かな、と期待したグロリアの希望を裏切るように教室へやって来たクラス担任がこう告げた。

「今日の授業、講師の先生が1人いたから代わりにやってもらう事になった。ぼーっとしてないでさっさと教室を移動しろ」

 かくして、やって来た音楽室からはすでに音楽が溢れていた。講師の先生とやらに会った事は無いが熱血教師は勘弁願いたい。音楽で熱血されても戸惑うばかりである。それは彼女の友人達も同じだったようで不安そうな顔をしている。
 品行方正、とはいかないグロリア。彼女達のグループは始業ぎりぎりに教室へ入った。自習を潰してくれたささやかな意趣返しである。

「え、若くない?私達とあまり歳、変わらないみたいだけど」
「そうね・・・でも、若い先生って嫌だわぁ。何だか口うるさいし」

 ピアノを奏でていたのは若い男性教師。スーツを着ており、どこか冷めた顔をしているものの授業になれば性格が変わるタイプかも知れない。
 音楽の非常勤講師がいる、という話は聞いていた。しかしそういえば彼の評判については耳にしたことがなかったな、と今更思い当たる。
 ともあれ、ピアノの鍵盤を叩いていたその長い指がはた、と止まった。
 そして教室内にひしめく生徒達を見て、無表情なその顔が一瞬だけ疑問に染まる。

「――何故、この教室には生徒が集まっているんだ」

 至極当然に訊かれた為、教室内が静まり返った。ややあって、学級委員の男子生徒が教師に事の次第を告げる。

「えっと、音楽の担当教師が休みなので、この教室で授業を受けろ、と言われて来たのですが」
「知らないな」

 間髪を入れずそう返した教師は本当に現状を疑問に思っているらしい。というか、生徒が集まり始めた時点で言えよ。

「――僕は今の時間に授業は受け持っていない。よって、君達がいきなり来たところで教材も何も持っていないのだからどうしようもないな。僕は楽器の整備をするから、好きなようにしていてくれ。騒いだ生徒は追い出す」

 にべもなくそう告げた教師は再び――否、次はどこから取り出したのかヴァイオリンの手入れを始める。
 教員が首に提げている名札の名をそれとなくチェック。
 名前は――ディラス。