6月12日

 その日の放課後、素直に帰宅する気分になれなかったブラウンは相談室に来ていた。常に『相談中』の立て札が掛かっているが、本当に相談中である事は稀なその部屋。存外、女子生徒に好かれてしまい困ったカウンセラーが取った苦肉の策である。
 しかし相談室使用の常連であるブラウンには通用しない。そんな札など見る事も無くするりと中へ。

「――おや、ブラウンくん。また君か。時間潰しかな?」
「ああ、はい。俺、今日は何の当番も無いんで・・・」
「今日は10分後に予約が入っているんだ。静かにしていてくれ、というのは君には必要の無い言葉かな」

 そう言って微かに笑うのはカウンセラーの桧山。どうやら他国から越して来たらしく、変わった名前で実に覚えやすい。
 ややあってドアが開き、「失礼します」という声が聞こえてきた。
 相談者がやって来た事を察したブラウンは奥の部屋へ消える。実は漫画本が積んであって憩いの場でもあるのだ。本に目を通しながら桧山と相談者の会話をそれとなく聞く。他言するつもりは無かったのでいいだろう、と。

「どうしたのかな?」
「あの、俺・・・実はこの学校が嫌いなんです」

 ――唐突な一言だった。しかし同時にそりゃそうだろうな、とも思う。教師に気狂いが多すぎる学校なのだ、ノイローゼにならない方がおかしい。

「そうか・・・それはまた、どうして?」
「授業料は高いし、先生は変な人ばかりだし・・・」
「うんうん、そうか」
「だから俺・・・俺・・・っ!この学校に、火を着けようと思って!」
「!?」
「こんな学校、無くなってしまえば――」
「いやごめん、ちょっと待って!少し落ち着こう!?」

 何でもうんうん、と聞くのがカウンセラーの仕事だと言っていた桧山だったがさすがにこの時ばかりは相談者を説得する為、うんうんと頷くのを止めたらしかった。