第8話

04.


 目に見えて怯えたからか、気をよくしたようにアールナが嗤う。いやだって、その杖で殴り掛かって来られたって現代人は怪我するからね? 相手が何であろうと武器を持ってる時点で怯えるわ。
 今更ながら無力な一般人である事を思い出し、珠希は数歩後退った。前々から思っていたが、この世界の住人は好戦的且つ攻撃的過ぎる。もっと平和に生きろ。

「うふふ、怯えているのかしら? そういえば、貴方と初めて出会ったのは大書廊だったわね。あの時と全く同じ――」
「よっしゃ隙ありィッ!!」

 目にも留まらぬ速さで光の球のようなものがアールナに激突、そして爆発した。砂塵が上がり、一瞬にして視界が悪くなる。近くに立っていたランドルが苛立ったように舌打ちしたのは聞き逃さなかった。何か苛々してるみたい。
 あの信じられない悪意と卑劣さに満ちた台詞を言ったのはコルネリアだ。まさかの味方。

 アールナの動向を探るべく目を眇める。煙は晴れていないが、彼女は変わらずその場に立っているのがいやにはっきりと見えた。

「あ、無事みたいです。彼女」
「おや、そうですか。堂々と誘拐宣言をしていたくせに不意討ちも避けられないとは、と思っていましたが算段はあるようですね。気を付けて下さい」

 ランドルの的確な指示に失笑すら漏れる。何でこの人、こんなに落ち着いてるんだろ。

「ランドルさん、誰か呼びましょうよ。ぶっちゃけ、ランドルさん一人いるよりダリルさんが居てくれた方が安心します」
「まあ、僕は召喚師ですからね。単体では無力です」

 そう言ったランドルは片手に例のカードを持っていた。それを素早く起動、空に向かって何か狼煙のようなものを打ち上げる。

「わっ!?」
「ギレットは狭いですからね。誰かしら気付くでしょう、これで」
「召喚術? って便利ですね」
「これは召喚術じゃないですね」

 ――ち、違うのか……。
 全て一緒に見えるので違いなぞ分からない。舞い上がっていた砂塵が収まってきた。こちらに気付いたイーヴァがそれとなく合流する。自分より使える彼女もしかし、大きな括りで見れば自分と同様に戦闘鑑賞係だ。一人で放置されるのを不安に感じるのは当然である。

 舞い上がった砂煙が落ち着く頃には、怒りで額に青筋を浮かべたアールナがはっきりと視認出来るようになっていた。そんな彼女は自分達ではなく明後日の方向を見ている。
 こちらが砂塵に驚いて呆けている間に、かなり珍しいがコルネリアはずっと働いていたようだ。もう片方の男と現在はやり合っている。2対1になってしまえばコルネリアが袋叩きにされてしまうのではないだろうか。

 あんな戦闘狂とはいえ、毎回一応律儀に助けてくれるのも事実。どうにかしなければ、と年長者であるランドルを見上げた。しかし、彼は冷めた目で間族達の争いを傍観する姿勢のようだ。何て奴なんだろうか。

「ランドル、コルネリアを助けて欲しい」
「そうは言いますがね、イーヴァ嬢。彼等の狙いはコルネリアさんではなく、珠希さんです。僕がここを離れるのは危険でしょう」
「……手が足りない」

 しかし、どうやら天におわします神様はこちらの味方だったらしい。
 殺伐とした争いの空間に凛とした声が響く。

「貴様等、何をしておる。ここは妾の居と知っての振る舞いか!」

 ギレットの主であり、賢者でもあるリンレイがふらりと塔から出て来たのだ。何とも間の良い事にフェイロンも連れている。
 彼女の登場に対し、アールナは不快そうに眼を細めた。

「あら、ここで出て来る? 話が違うわね」
「何も違わぬよ。ここは妾の城。そなた等の好きにさせるはずもない」
「……そう、まあいいわ。退きましょう、誰の為でもない貴方の面子の為に」

 瞬間、アールナと連れの足下に幾何学模様が広がった、かと思えば急な来訪者はやはり急にいなくなっていた。

「何だったんだろ、あの人達。まるで通り魔」

 茫然と誰も居なくなったその周辺を二度見していると、颯爽と駆け付けたリンレイが口を開く。

「そなた等、怪我は無いか?」
「大丈夫でした」
「ならばよい。話を詳しく聞く必要がありそうだな、中へ入ろうぞ」

 確かに魔法のレッスンとか浮かれている場合じゃ無い。素直に頷いた珠希は、来たは良いが一言も発していないフェイロンの背を追って駆け出した。