第7話

02.


 45分掛けて橋を渡り終え、ギレットの地を踏みしめた、その瞬間だった。まるで待ち伏せしていたかのようにわさわさと人に取り囲まれたのは。
 数名居る人間のうち、1人だけが有角族。フェイロンと似たような構造の服を着、小さめの角のようなものが1本だけ生えている。少しアンバランスのように思えるし、フェイロンのそれと比べるとかなり小さい。

 責任者の体で佇んでいる男が同種だったからか、こちらの有角族が代表して口を開いた。普段もそうだが、それとは似ても似つかない程に尊大な態度で。

「リンレイ様に会いに来た。アポは取っておらぬが、何日程待てばお会い出来るだろうか」

 相手方の有角族が恭しく一礼する。

「リンレイ様は貴方様がいらっしゃる事を存じております。そちら様の準備が整い次第、部屋へお通ししろとの事でございます」
「そうか、承知した。この行きずりの格好で会うな、との事だな。身綺麗にしてからお会いするとしよう」
「そう仰ると思っておりました。どうぞこちらへ」

 有角族の男が後ろを手で指す。そこで初めてそれの存在に気付いた。というか、今まで何故こんな巨大な物を認識する事が出来なかったのだろうか。
 一言で言ってしまえば塔。恐らく、アーティアへ来て見た建物のどれよりも高い。現代風に言うのなら高層ビルのようにうず高い塔だ。神々しささえあるので、足を踏み入れるどころか不躾に眺め回すのでさえ憚られる。

「珠希よ、行くぞ。何を呆けておる」
「ハッ!? いや、見てよあれ! あ、あんなブルジョワな塔に私みたいな平民が入って良いのかな!?」
「構わん。リンレイ様はそのような事を気にされる方ではない。というか、主、目立っておるぞ」
「えっ!?」

 案内役の有角族男性が怪訝そうにこちらを見ていた。何と言うか「お前、口を慎めよ!」と言わんばかりの表情である。そうか、フェイロンはもしかしなくても割と偉い人なのか。
 みんなは平気なのか、とそれとなく周囲を見回す。イーヴァとコルネリアは澄ました態度を崩さず、淑やかに案内人の後を追っている。ダリルは『挨拶』という緊張行事が無いからかてれっと歩いているし、ロイはいつも通り物珍しそうにキョロキョロと視線をさ迷わせていた。なお、ランドルは案内人と何か打ち合わせをしている。

 ――あっ、これ無駄に緊張してるの私だけだ!!
 同族だと思っていたダリルまで間抜け面を晒しているので、実質気を張っているのは自分だけだと気付いてしまった。
 クツクツとフェイロンが隣で意地悪く嗤う。

「ところで珠希よ。俺は平民などではなく、次期族長で富裕層なのだが――主も大胆な奴よな」
「え、そ、そうなの!? まあでも、今更だよね。所詮、フェイロンはフェイロンだし。偉い人なんですぅ、って言われても失笑物だわ」
「うむ、それは良いのだがな。案内が肝を冷やしておる故、もう少し慎め」
「ああ。偉いんだったね、フェイロン」
「笑うな」

 見れば、ランドルと話をしていた案内人の男が目を剥いていた。一方で、ランドルの必死に笑いを堪えている表情は対称的である。

 和気藹々と会話しているうちに、気付けば塔の内部へと足を踏み入れていた。上質な石床の感触が再び緊張感を煽る。というか、明らかに階段しか無いのだが。
 案内人の男はスタスタとその階段を上って行く。当然ではあるが、エレベーターやエスカレーターなどはない。何階まで上らされる事だろうか。これって世界遺産登録とかされそうな勢いだ。

「フェイロン、まずはどうするの?」
「旅着のままでリンレイ様にお会いする事は出来んな。着替えを用意されているであろうから、着替えてくると良い。あの方は美しい物を好む」
「着替えた程度で美しいもクソも無いでしょ」
「美しいものを好むという事は、醜いものを嫌うという事と同義であるぞ。ただでさえ、あの方は気分屋なのだ。気が変わって貰っても面倒よな」

 権力者で気分屋。それだけでイメージすると、ジャラジャラと宝石の類を着けた恰幅の良いマダムが脳裏で精製された。ダリルは美人だと言っていたが、世辞という可能性も十二分にあり得る。
 そして、現れた人間版マダムに追加情報でフェイロンのような角を付け足す。うん、完全に化け物。

「それにしても、何で私達がここへ来る事を知ってたのかな? ランドルさんが連絡した?」
「リンレイ様は優れた占い師でもあらせられる。我等がここへ足を向ける事は知っていたのであろう」
「うわあ、便利だなあ」

 3階に到着した。先に男性陣を案内しようと案内人がドアの一つへ連れて行く。残されたイーヴァとコルネリアが話し掛けて来た。

「着替えつってもな。何を着せられるかは分からないけど、有角族の民族衣装とか出されても困るわ」
「コルネリアは着なければいい。そもそも、魔族だし」
「そうさせてもらうわ。おう、珠希お前はどうする?」
「出された物は素直に受け取る子の方が可愛いって、ばっちゃが言ってた」

 ああそう、とコルネリアに冷めた目で見られた。というか、貸し出された衣類を拒否する権限などこちらには無いだろうに。