第4話

04.


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 遠目に見ていた神殿は、近付いて見るとあまりにも大きかった。さすがは王都と言うべきか。大書廊の時に見た神殿とは造りが根本から違うし、出入りしている人の数も桁が違う。入る前から圧倒されてしまいそうだ。

「広いね。話が聞けそうな召喚師を捕まえるのに、時間が掛かりそう」
「そっか……。じゃあイーヴァ、手分けしようよ。20分後にもう一度入り口辺りに集合って事でさ」
「珠希、一人で大丈夫?いつもくっつき虫なのに、いきなりどうしたの?」
「私の事なんだから、私が自分で動かないとね。そろそろ慣れて来たし――その、神殿って安全な場所なんだよね?」
「うん、神殿は安全だね。何かあっても、召喚師が常に駐屯しているし」

 少しだけ考えたイーヴァはややあって大きく頷いた。

「じゃあ、珠希。私は入り口辺りを視ておくから、神殿の奥まで行っておいで。ああ、ダリルにも珠希のチャレンジ精神を見倣って欲しい」
「年下の女の子にそんな事言われたら、ダリルさんは立ち直れなさそう」

 人が絶え間なく入り、出て行く神殿の玄関へ。神聖な場所だからか、行き交う人々もどことなく穏やかで少しばかり安心する。

「じゃ、イーヴァ。行って来るね」
「何かあったらすぐここまで戻って来るんだよ」
「保護者かな……」

 心配そうなイーヴァの視線を背に受けつつ、人と人の間を縫って神殿の奥深くへと進んで行く。とにかく広いが、それでも不注意で人とぶつかってしまいそうだ。
 しかし、幸運な事に手の空いていそうな召喚師は直ぐに見つかった。
 白い聖職者然とした服を身に纏った、優しげな笑顔の男性。60代前半くらいだろうか、通り過ぎ様に色んな人に挨拶をされ、ひっきりなしに挨拶をし返している。
 手が空いている事を念入りに観察した珠希は緊張で少しだけ上擦った声で、召喚師に話し掛けた。

「あの、すいません!」
「おや、どうされましたか?外の方ですかな?」
「えっ、あ、何で……」
「緊張しておられるようなので。落ち着いて、ゆっくり話してくださいね。お連れの方とでもはぐれましたか?」

 こういう職種だからか、人を落ち着かせるのが上手い。菩薩のようなオーラを感じて、だんだんと珠希は落ち着いていった。

「あの、私、ちょっとお尋ねしたい事がありまして……」
「ええ、何でもお聞きになってください。私に答えられる事であれば、何でもお答えしますよ。残念な事に、召喚師の権威であるランドル様はいらっしゃいませんが……」

 それが誰なのかは分からなかったが、権威、とか様、とか言うあたり有名人なのだろう。

「その、私、異界?からの迷子で……地球、って世界を知りませんか?帰りたいんです、どうしても」
「迷子?その、不躾な質問をしますが……人間、ですよね?」
「あっはい、人類です」

 地球、と呟いた召喚師は僅かに顔をしかめて首を横に振った。

「こちらへご案内致しましょう。私の勉強不足か、『地球』という場所は存じません。が、最近の若い子なんかは知っている可能性があります」
「えっと、どこへ?」
「客室です。ここでは人が多すぎる。それに、奔放なランドル様と言えど、夕方には一度お戻りになるでしょう。あの方ならば何か知っているかもしれません」

 夕方。マズイ、イーヴァを外に待たせたままだ。
 しかし、珠希の声はすでに背を向け着いて来いと言わんばかりに歩を進めている召喚師には届かない。仕方が無いから、移動先でイーヴァを呼びに行かなければならない旨を伝えよう。

 ***

 人が多かったので四苦八苦してようやく辿り着いたのは神殿の脇にある小部屋だった。こぢんまりしてはいるが、綺麗に整った部屋である。
 と、先に珠希を部屋に入れ、敷居を跨いで部屋へ入ろうとした召喚師がよろけた。

「わっ、大丈夫ですか?」
「え、ええ。何だか一瞬眩暈が……。大丈夫ですよ、取り敢えずこちらでお待ち下さい。散らばっている召喚師達に話を聞いて回りますので――」
「あ、すいません!私、友達とここに来てて、呼んで来てもいいですか?」

 聞こえていたはずなのに、かなり乱暴にドアを閉められた。唐突な豹変ぶりと言うか、あの柔らかな態度からは想像も出来ない態度に混乱する。
 どうしたものか、勝手にイーヴァを呼びに行っていいのか、それともここで待つべきか。備え付けの時計を確認してみると、イーヴァと別れてまだ8分しか経っていなかった。10分経ってもあの召喚師が帰って来なかったら、一度イーヴァを捜しに行こう。
 しかし、予想に反し先程の召喚師がすぐに返って来た。返って来るなり、穏やかな物腰など捨て去ったように早口で捲し立てる。

「隣の部屋へ移動しましょう。心当たりのある仲間がいたようですが、今少し手が離せなくて」
「えっ、え?」
「さぁ、早く。我々もあまり暇ではありません」

 最早こちらの意見など知らないように強く手を引かれる。ミシミシ、と腕が軋むような力だったが、それは一瞬だった。すぐに力が緩む――と言うより、掛かっていた力が消える。不思議な感覚に首を傾げる暇も無く、半ば引き摺られるようにして部屋から締め出された。