第4話

02.


 たっぷり時間を掛けて悩んだダリルは分かった、と蚊の鳴くような声で承諾の意を示した。

「王都に出向くよ。ヴィルヘルミーネ達にも会う。俺が適当な事言って、師団全体を混乱させたのならちゃんと説明するべきなんだろうな」
「おお、さすが団長!前々から人前に出るのが大嫌いだと公言しておられましたが、やる時はやるお方だ!」
「何か君、ちょいちょい棘があるよね」
「馬車を1台用意致します!手が空いている者に操縦させますので、少々お待ちを!」
「準備が良すぎるんだよなあ・・・・・・」

 跳ねるように駆けだして行った衛兵――かつての部下を見たダリルが深い溜息を吐いた。

 ***

「馬車って案外揺れるね」

 用意された馬車の中、さすがに5人も乗ればやや狭いが、それより揺れが気になる。道が整備されていないというのもあるだろうが、それにしたって揺れる揺れる。下手に話をしていたら舌を噛みそうなくらいだ。
 しかし、それを『揺れる』と感じていたのは人類の英知、車に乗り慣れている珠希だけだった。車でも揺れる時は揺れると思ったが、それはこの比ではない。

「へぇ、珠希は馬車に乗った事が無いのか!実は俺も無い!」
「あ、ロイくんも初馬車?」
「おう!馬車なんて高級な乗り物、俺みたいな平民の代表が乗れる訳無いだろ!」
「ふぅん。平民の代表って、平民はみんな槍を振り回して戦うんだ。初耳だわ」

 しかし、初めて馬車に乗ったのはイーヴァも同じらしい。彼女はしきりに馬車の内部を見回している。
 が、ここに来て乗り慣れていると思わしき仲間が2人。ダリルとフェイロンだ。ダリルの場合は今から待ち受ける苦難に顔色が悪いが、フェイロンはゆったりと寛ぎ、備え付けの飲み物まで飲んでいる始末。流石に寛ぎ過ぎではないか。

「そういえば、結局ダリルさんの前職って騎士団長?何それ強そう……」

 はは、とダリルが項垂れながら力無く笑った。自嘲が十二分に含まれているのがよく分かる。

「師団長、って言っても単に師団の中で俺が年長者だったからそのポストに座ってただけで……正直、人に指示出したりするのって苦手なんだよな」
「へぇ、そうなんですか。というか、その騎士団?っていうのは1つだけ?」
「珠希ちゃんって本当に何も知らないんだね。7師団あるよ」

 じゃあその中の一角のうだつが上がらなくても大丈夫だね、とは残酷過ぎて流石に口には出来なかった。そんな珠希の意図を読み取れなかったダリルはぐったりと窓の外に視線を投げている。
 というか、と紅茶を嗜んでいたフェイロンが不意に訊ねる。

「ダリル殿は何故、王都へ行きたくないのだ?」
「いや、王都は別にどうでもいいんだけどさ……俺が率いてた師団の連中に会うのが嫌なんだよなあ」
「しかし、口では軽く師団長だと言ったが、師団長なぞそう簡単になれるものではないぞ?さてはお主、エリートとかいう奴であったな?」
「何かフェイロン、妙に城の事情に詳しいな」
「うむ、40年程前はリンレイ様と王城のパイプ役をしておってな。城の事情にも精通しておるわけよ。あまり突くでないぞ、ダリル殿」
「うっわ、ナチュラルにヤバイ話に首突っ込んだな、俺。リンレイ様、つったら……あー、誰だったかな。聞いた事はある名前なんだけど」

 ――何だか白熱してるなあ。
 割り込み辛い空気になってしまったので、イーヴァに視線を移す。先程まで元気一杯、馬車の中を観察していた彼女はすでに転た寝の姿勢に転じていた。ちょっと目を離した隙に眠っているなんて、完全に想定外だ。

「珠希も休憩してた方がいいぞ。ここから王都まで、馬車でも1日掛かる」
「えー、ロイくん、1日馬車の中でジッとしてられるの?無理そうなんだけど」
「うーん、もうなんか息苦しくなってきたぜ!」

 ――まずい、ロイくんに暴れられたら大変な事になる。
 珠希は即座に両の握り拳を差し出した。意味不明な行動にロイが首を傾げる。

「いっせーの!しようよ」
「何言ってんだよ、珠希……」
「いやだから、え、知らない?親指を立てるゲームだよ。順番に数字を「せーの、2!」みたいな感じで言って、数が当たったら片方の手を下げるの。手が無くなったら勝ちだよ」
「え?うーん、つまんなそうだけどな……ちなみに、自分の親指の数も入れていいのか?」
「いいよ。如何に相手を攪乱し、自分の手を早く引っ込めるか――あ、0もありだからね」

 ふぅん、と言って興味が無さそうに参加したロイが、この後2連敗し、さらに10回勝負をした後、フェイロンとダリルを巻き込んだ「せーの戦争」は20分も続いた。ただし、イーヴァが起きる頃には飽きられ、再び馬車の中で暇を持て余す事になったのだが、件が長すぎるので割愛する。
 なお、勝負を制したのはディフェンスの鬼と定評の珠希だった。