第2話

03.


 ***

 神殿、と呼ばれるそれは書廊の脇にひっそりと建っていた。例えるならばパーキングエリアのような感じ。寄りたい人はどうぞ、感が凄まじい。
 そして言う程人も来ないようで、神殿入り口では物々しい服装の女性が掃き掃除をしていた。なお、珠希的にはこれは神殿などという大層なものではなく、地域単位で人が集まるくらいの教会にしか見えないが、彼等が神殿と言うのなら神殿なのだろう。

「おや、どうされましたか?」

 掃き掃除をしていた女性がこちらに気付いた。箒を壁に立て掛け、にこやかに尋ねて来る。
 女の問いに対し応じたのはイーヴァだった。

「彼女の魔力測定とランク測定を」
「承知致しました。準備がありますので、中でお待ち下さい」

 箒を再び手に取った女はそう言うと足早に神殿の裏へ回って行ってしまったが、イーヴァ達は気にした様子も無く正面から中へ入る。

「さっきの人が召喚師。多分、あまりやる事が無いんだと思う」
「召喚師!?受付嬢系の人かと思ったよ!想像してたのより、かなり普通の人だったね」
「そんなものだと思う。召喚師なんて言っても、使うのは人間だし」

 もっと仰々しいかと思っていたが、フランクな感じらしい。例えるならそう、高級海鮮料理とシーフードミックスくらいの落差がある。
 いやでも、人外だ何だと言われるフェイロンだって蓋を開けてみれば見た目が若いだけのオッサン。世の中そんなもんなんだろう、きっと。

「主、今失礼な事を考えていなかったか?」
「いや別に。いやだなぁ、健全な女子高生の私が、まさかそんな失礼な事なんて考えてるわけないよ!」
「絵に描いたような白々しさよな」

 お喋りに花を咲かせていると先程の召喚師が戻って来た。手には両手ですっぽり収まるくらいの水晶玉を持っている。否、気分で水晶玉などと形容してみたが、ガラス玉かもしれないし、もっと別の何かかもしれない。判断しかねる。
 召喚師の女は珠希の前までそれを持って来、その球体の下に座布団のようなものを噛ませた。滑り止めだろう。

「測定者の方は――一応確認なのですが、過去に測定を受けた事はありますか?」
「えっ、いや無いです」
「無い!?あ、外国から来られたのでしょうか?いやそれでも、神殿では満7歳の子供に必ず測定を受ける決まりがあるはずなのですが……」

 ――何かマズイ流れになってる!
 助けを求めるようにイーヴァを見やるも、困惑する召喚師に言葉を投げ掛けたのはフェイロンの方だった。

「うむ、すまんな。人間の間でそのような取り決めがあるとは露にも思わず、今まで神殿へ来た事が無かったのだよ」
「……?有角族、なのですよね?お子様……?」
「いやいや、そのようなものではないよ。少し預かっているだけだ」

 息を吐くように嘘を吐くフェイロンには驚愕しか覚えない。しかもそれとなく『複雑な事情の家庭』を臭わせる手腕。これはもう深入り出来ない雰囲気があるぞ。
 案の定、召喚師は心なしか感銘を受けたような謎の表情をし、「分かりました。これ以上はお聞き致しません」、と望んだ通りの台詞を吐いた。一体何に感銘を受けたのかは分からないが、かなりチョロくて助かったので良いだろう。

「ナイス、フェイロン」
「うむうむ、これしき当然の事よ。もっと俺を誉めて良いぞ」

 イーヴァの小声に対し、胸を張ったフェイロンだったがイーヴァはそれ以上彼を褒め称えたりはしなかった。流すのが自然すぎる。

「さ、準備が出来ましたよ。えーと、そちらのお嬢様――」
「あ、珠希です」
「変わった名前ですね……まあ、良いでしょう。この水晶玉に両手でぴったり触れて下さい。ところで珠希さん、召喚師になる予定は?」
「いや、別に無いです」
「じゃあ、登録は不要ですね。ですが、ランクA以上ありますと、登録せずとも召喚術の触りだけでも学んでもらう事になりますのでご了承下さい」

 ――大丈夫かなこれ!
 はっきり言って、自分に召喚師の才能があるとは到底思えないが、それでも『もしも』という言葉がある。ここで召喚術を学ぶ為に時間を取って大丈夫だろうか。置いて行かれると、最悪野垂れ死ぬ。あ、召喚師の才能があるんだから、そのまま召喚師になればいいのか!?家帰れないじゃんアウト。
 そんな珠希の不安を汲み取ったらしいイーヴァが親指をグッと立てた。それはどういう意味なのか。ちゃんと待っていてくれるという意味か、或いは「お前なんかが召喚師になれるワケないだろ常識的に考えて」、という意味なのか。

「ちなみに……無いとは思うんですけど、A以上だったらどうして召喚術を……?」
「召喚事故を防ぐ為です。野良召喚師である事を批判するつもりはありませんが、事故を起こされるとあらゆる界とアーティアの関係性が悪くなります。それだけは、父の名において避けなければならないのです」

 そうだね事故らない事は重要だよね、という言葉は呑み込む。何せ、その事故に巻き込まれた可能性の人間がここに。
 虚しい気分に浸りながらも、召喚師の指示通り、そっと水晶玉に触れてみる。何の変化も起きないな、と思っていると召喚師が手の甲をぐっと押さえてきた。もっとちゃんと触れろ、という事らしい。
 白い光が僅かに水晶玉から発せられる。それは淡い光で、とても目に優しい光だ。蛍光灯より直視していられる。

「――はい、もう手を離して貰って良いですよ。測定が終了しました」
「それで、結果は?」
「召喚ランクはD、魔力量はC-ですね。ただ、魔力量の方は安定しないので……何か持病でも?」
「健康体ですけど」
「そうですか……一度、診療所に足を運ばれた方が良いかもしれませんね。ただ、貴方自身が元気そうですので、何かあった時でも遅くはないでしょうが」

 不吉な事言われたぞこれ。
 チラ、と仲間の姿を伺うとフェイロンが盛大に声もなく爆笑しているのが見て取れた。コイツ絶対に赦さない。