第1話

12.


 決め倦ねていると人影。今度は2人――いやもう2匹と言った方がいいだろう。
 瞬間、表情が消えたロイが再び槍を手に取る。それはダリルも同様だ。一見温厚そうに見えるが、彼等はかなり血の気が多い。
 それを見た人影は慌てたように立ち止まった。

「ちょ、マジ物騒なんですけどー!」
「つか村サイド負けてんじゃん。こいつ等マジで口だけー、みたいな!?」
「いつかこうなると思ってたわー」

 ――既視感というか、それそのものだ。

「テューネさん達、どうしたんですか……?」
「珠希ちゃん、知り合い?」
「昨日、宿のロビーで語り合った仲の移住希望者達です」

 などと言っているうちに、緊張が解けた事を悟ったのか、ヨアヒムとテューネがそうっと近寄って来た。
 そうして、珠希の問いに対する答えを口にする。

「いやさ、ちょうどアタシ達、今日夜逃げしようと思ってたんよ。そしたらタマちゃんいるから、声掛けようと思ったらマジスプラッタ、みたいな」
「そーそー。つか何?そちらさんも夜逃げ、ってか、あー、もしかしてもう襲われた感じ?手ぇ早いわー」
「最近、人間通り掛からなかったからお腹減ってたんじゃね?」
「それだ!」

 待て待て、とフェイロンが胡乱げな瞳で2人のノンストップな会話に割り込む。それで正解だろう。彼等は言葉という弾が尽きるまで喋り倒す、お喋りマシンガンなのだ。

「貴様等、村の事を知っていたのか?」
「うっわ、有角族じゃーん。何でこんな片田舎いんの?高貴な種族ひっとーなのに!」
「あ?それお前、筆頭って事?」
「それ!で、村が何だっけ?村の事は知ってるよ」

 話が進まない事に苛々しているのが伺える、フェイロンの無表情。相容れない人柄同士だという事がひしひしと伝わって来て胸が痛い。

「どうすんよ、テューネ。これ話しちゃっていいパティーン?」
「えー、よくなーい?だってもうこれ、人狼殺しちゃってるし全面対決不可避っしょ」
「それもそうか。ま、俺等ももうトンズラこくし問題無し!」

 それは2人で話し込む意味があったのか。何事かの打ち合わせを大声でした2人組は少しばかり真剣な顔をした。巫山戯ている人物が急に真顔になると緊迫感が漂う――ものの、飛び出す言葉の数々に緊迫という雰囲気は欠片も無かった。

「いやね、このカモミール村、実は2年くらい前から人狼しか住んでないんさ。俺等がここへ来たのは一月前だけどな!」
「そそ!何かー、村長さんが言うには、通り掛かった人間の狩り場に良いらしいよ。マジ理解不能だわ」
「それな、ホント不快だわ。俺等、混血ちゃんだから片親人間だしぃ?」
「雑種だから待遇も悪いしマジクソだったわぁ。ま、人間の切り身出されても反応に困るけどさ」
「アイツ等の顔とかもう二度と見たくねーから、どっか適当にチクるわ。俺等の弁が通るかは分かんねーけどな!」

 言っている事の7割くらいが頭から抜けて行ったが、イーヴァはそれで納得したらしい。しきりに頷いている。

「あなた達はどうやってこの村から抜け出すの?」
「地下道ってか、前カモミールの村人が残した遺産的な?チョベリすっごい地下道あんだよね」
「アレすっげーわぁ、隠し方も完璧だったしな。人狼共も気付いてねーだろアレ」
「タマちゃん達も一緒いこーよ。逃げるんでしょ?」

 テューネの言葉に甘える事になった。
 フェイロンはやや彼等の事を疑っているようだったが、最終的には分かった、とそう言ったので問題無いだろう。

「ヨアヒムさん達は、この後どうするんですか?」
「おっ、タマちゃんお兄さん達の心配してくれんの?」
「お兄さん!盛りすぎウケルんですけどー!」
「ちょ、いいじゃねーか別に!あー、俺等は取り敢えず村を出て、またぶらぶらすんだろな。あ、カモミールが取りつぶしになったら事が全部終わった後に戻ってこよっかな」
「あー、それいいわ!人間って曰く付きの場所にはあまり住みたくないらしいし、今度はアタシ等が村人第1号的な!」
「……そして歴史は繰り返す――」
「ちょ、タマちゃん物騒なモノローグ入れんの止めてよ!」

 ***

 村長宅の裏庭の井戸の裏にあった大岩を退けた先にある地下通路。確かに、事前知識が無ければどこにあるのか分からないくらいだが、ヨアヒム達はよくもこれを見つけたものだ。
 妨害に遭う事も無く地下通路を抜け、まだまだ暗い夜空を見上げる。

「――それで、これから私達はどうすんの?」

 誰に言うのでもなくポツリと呟いた珠希の言葉にイーヴァが応じた。

「今からは大書廊に行く。神殿とくっついていたはずだから、召喚師もいるだろうし、私も書廊に用事があるから」

 書廊は良い所だった、とテューネが手を打つ。

「マジ本ばっかで、アタシ等には合わなかったけど!」
「おう、テューネ。俺等はどーすんよこれから」
「テキトーに潜伏っしょ。タマちゃん達さあ、神殿寄るならカモミールの惨状報告しといてよ。所詮、混血の言い分なんて通らないし、そっちに任した方が確実そーじゃん?」
「分かった。責任を持って伝えておく」

 オッケー、と軽く頷いたテューネ達はパタパタと手を振った。夜目が利くらしく、そのまま道をそれて闇の中へ消えて行く。出会った時もそうだったが、彼等は基本的に事お喋り意外においてはさっぱり薄味である。
 それにしても、かなり眠い。

「ねぇ、休憩とかしないの?疲れた……」
「頑張ってくれ、珠希ちゃん。今夜は逃亡戦だから。休んでる暇なんてないよ」
「ええ!?正気ですか、ダリルさん!現代っ子の体力の無さ、舐めないで下さいよ!」
「大丈夫!イーヴァちゃんも無事なんだから、君もきっと大丈夫!」

 何の根拠があるのか分からない言葉に絶句する。
 しかも温厚なダリルにこう言われてしまっては、他の面子が休憩を受け入れてくれるとは到底思えない。
 地獄の深夜マラソンの幕開けに、今度こそ珠希は深い溜息を吐いた。