01.久しぶりの相談者
いつも通りに相談室を開け、いつも通りに相談者が来るのを待ち、いつも通りそこそこの暇と忙しさを満喫する。そのいつも通りが壊されたのは午前9時を過ぎた頃だった。
「邪魔するぞ」
聞き覚えのあり過ぎる推しメンの声。否応なしにニヤけ顔になる表情を引き締めた私は、緊張した面持ちでカーテンの向こう側にいる陰を見つめた。私が推しの声を間違えるはずがない、彼はオルヴァーだ。
そんなオルヴァーは相も変わらず張り詰めた糸のような緊張感を持って口を開く。戦闘能力だとか、基本的には戦いに関する事に重きを置く彼が他人に自身の事を相談するなどという行いは自身で定めるポリシーだったり、プライドに反するものなのだろう。
「そのカーテンは開けていい。話しづらい」
「私は良いけど、オルヴァーさんはこれ開けちゃっていいの?」
「お前俺の事を知ってんだろ。こんな布きれ、もう意味は無い」
「それはそうだけれども。雰囲気ってあるし。まあ、私はあなたに会えるから開けた方が良いけれど」
「おまっ……!? よく分からん奴だな」
「ええまあ」
何言ってんだコイツ、と言わんばかりにドン引きされたが私はどこ吹く風だ。最近のトレンドは自分に素直に生きる事である。好きな者は好きだから仕方が無い。それに、今まで先生達の元で修行もといトレーニングをしていたせいで、オルヴァーを見る事そのものが久しぶりのような気もする。
少々浮かれた気分でカーテンを開けた。そこには相も変わらず愛想もへったくれもない、仏頂面が偉そうに座っているのが分かる。うんうん、これでこそオルヴァーだ。
勝手に納得していると痺れを切らした相談者がさっさと話を始めた。あまり長居したくないという気持ちが前面に表れ過ぎている。
「――それで。前回は情報量が足りないという事で、あまり話が進まなかったからな。俺なりに上手く説明出来る方法を考えて来た」
「なにもかも正直に話してくれれば、そんな面倒な事しなくて良いんだけどなあ」
「うるさい。こっちにはこっちの都合があるんだよ。それで――」
説明を開始しようとした刹那。シャラン、というドアに備え付けられた鈴が鳴った。ぎょっとしてそちらを見る。言うまでも無く新しい相談者の姿がそこにはあった。ひょっとしてオルヴァーが呼んだ助っ人かとも思ったが、彼は彼で硬直し、信じられないという顔をしている。
更に言うと、私は――というか私もオルヴァーも、この新しく部屋へやって来た人物について知っているだろう。少女の外見を持つ彼女は私達を交互に見て口を開いた。
「オルヴァー? ……何か相談室に用事があったの」
「お前……! シーラ……!!」
シーラはオルヴァーとプライベートでパーティを組んでいる内の1人だ。彼とは同郷出身である。つまり、ギルド所属以前からの付き合いと言える。ただし、彼等の関係性は友人などより兄妹に近いのかも知れない。
しかし、何よりどうして相談室が開いていないにも関わらず新しい相談者が来てしまったのか。その方が問題だ。が、理由については心当たりがある。
「オルヴァーさん、ドアの表に掛かってる札、ちゃんと返した?」
「何だそれは」
「いや、入る時はあの札を返しておいてくれないと。そりゃ、誰もいないと思って次の人が入って来ちゃうよ」
「……クソ」
自身の失態と気付いたのか、オルヴァーは舌打ちするに留まった。
話が収束したのを見計らってか、それまで黙っていたシーラが口を開く。彼女にしてみればオルヴァーなどキョウダイのようなものなのだから、遠慮など欠片も無くグイグイと。
「オルヴァーも私と同じ目的で相談に来たんだよね……。明らかにこういう事、苦手そうだものね」
「……いや、それは……」
「お祝いの品、どれにしようか。いっそ折半する?」
――何やらシーラの方は勘違いをしているようだ。
ちら、とオルヴァーの方を窺う。彼は必死な形相で私を睨み付けていた。下手な事を言ったら間違いなく怒りの大噴火だろう。ここは彼の話に合わせるべく、口を挟まないのが一番だ。勝手に身内間でどうにか解決してくれ。
私が何も言わない、バラさないという旨の決心を固め、それをそれとなくオルヴァーに伝える為に椅子へ深く腰掛け直す。我関せずの姿勢を取ったのだが、それはどうやら上手く彼に伝わったようだ。
私から視線を外したオルヴァーは、彼の返事待ちをしているシーラへとぎこちなく首を縦に振る。
「あ、ああ。まあ、な」
「どうしてそんなに挙動不審なの……? わたしは別に、相談室へ行くくらいなら自分で解決策でも考えろ雑魚共って言ってたオルヴァーの言葉が吃驚するくらい矛盾している事については、特に何とも思ってないよ?」
「俺に何か恨みでもあんのか?」
この暴君相手にこんな態度を取れる者など、ギルド内には片手で数えられる程しかいないだろう。ゲームの中では滅多に見なかった恐ろしいやり取りをハラハラしながら見守る。彼がシーラに手を出したりしない事はよくよく分かっているつもりだが、何と言うか心臓に悪い会話の内容だ。