1話 相談室開設!

05.ベティの相談


 悶々とそんな事を考えているとは露知らず、小窓から顔を覗かせたベティは私ににっこりと微笑み掛けて来た。裏表の無い、真っ直ぐな笑み。何て可愛らしいのだろう。暫しその笑顔を眺めていると、彼女は用件を切り出した。

「で、相談なんだけど。私、この間呼びに来た……ほら、男がいたじゃん?」
「ああ。この間、あなたを呼びに来た」
「そうそう! アイツ、デレクって言うんだけどさ。毎回、クエストを一緒にこなしているんだ」
「へ、へえー。そうなんだぁ……」

 ――えっ、嘘、ま、マジ!? もうこれ、デレクルート乗ってる? 乗ってるよね!! うっそでしょ尊すぎて死ぬッ!!
 半ば予想はしていたが、メインヒーロー様のルートに進んだらしい。まるで恋のような胸のトキメキに、思わず口元を押さえる。そうでもしなければ万人が万人とも引くような奇声を発してしまいかねない。

 そんな私を、ベティが心配そうに見つめる。

「ちょ、大丈夫? 何だか顔が赤いし、ちょっと涙目じゃない?」
「い、いやいやいや! ほら、あれだよあれ、ちょっと喉の調子がね? 咳が出そうで、我慢してたんだけど、そしたら生理的な涙的なものがね?」
「ええ? 咳くらいしていいよ。心配はするけど、風邪を絶対に移すなとか、ド畜生みたいな事は言わないからさ……」
「というか、持病か何か? 病院に行った方が良いと思うぞ。うん」

 本日2回目の病院へ行けというお言葉に苦笑。まったくご尤もなご意見である。しかし、私の事はどうだっていい。

「空き時間に診療してみるね。それで、デレクが何だって?」
「ああ、そうそう。で、そのデレクに日頃から世話になってるからさ。何か贈り物でもと思って。どんな物を渡せば良いかな?」

 興奮のボルテージは更に上がったが、逆に質問をされるという回答の道筋を付けて貰えたので、頭の冷静な部分が淡々と『教えるべき情報』を弾き出す。

 まず前提として、シナリオ攻略の難易度が異様に低いデレクは何をあげても大抵の場合は喜ぶ。プロフィールの嫌いな物を渡したとしても、「俺は贈り物を貰う事で、君から心を分けて貰っていると思う。だから気にしないぞ」、と言ってくれる聖人っぷりだ。
 なので、悪意のある贈り物を渡さない限り好感度が下がる事は無いし、罵倒をされる事も無い。あまりにも善人過ぎてネット界隈では後で裏切るなどとまことしやかに囁かれたものだ。

 前提はここまでとして。
 デレクの好物は――というか、好きなものは『仲間との時間』だ。これはパートナー契約を結んだ後、幾らでも叶えてあげられる上、ぶっちゃけ形がなさ過ぎて贈り物には適さない。
 なので次点として、好きな食べ物を伝えるとしよう。

 一連の思考を秒で済ませた私は弾き出した答えをベティへと伝えた。

「贈り物をあげるより、デレクを労う為にステーキハウスに行って奢った方が良いんじゃないかな?」
「ステーキハウスか。そういえば、初クエストが終わった後に打ち上げしたんだよなあ。懐かしい。その時にステーキが好物だって言ってたわ。忘れてたけど」
「そうでしょ? 今日、クエスト終了後に行ってみるっていうのはどうかな?」
「ふむふむ、成る程ね。それが良いな。下手な物渡すより、食べたい、つってる肉を食わしてやった方がいいし。ありがとう、参考になったよ」

 満面の笑みを浮かべたベティが嬉々とした足取りで席から立った。出口まで歩いて行ったところで、不意にこちらを振り返る。

「じゃあな、また来るよ」
「あ、どうも。毎度……」

 ひらっと振った手があまりにも彼女らしくて思考が一瞬止まった。何と言うか、自分が操っていたヒロインが自立して行動すると言うのは胸に来るものがある。親心だろうか? 子供、持った事無いけど。

 ***

 その後、滞りなく業務を終えた私は相談室の中を軽く片付けると、鍵を片手に部屋を後にした。ここは謂わば私の砦のような場所だ。鍵の管理から何まで、全て自分でしなければならない。

「わっ!?」

 相談室から出た途端、ベティと鉢合わせした。否、これは多分、私が出て来るのを待っていたのだと思われる。その証拠に目が合った途端、彼女は分かりやすく笑みを浮かべた。

「よう! 終わるの待ってたぞ!」

 ――こういうところがホンットに可愛いんですよ、本当。
 混乱した頭で混乱した事を考えつつ、しどろもどろに返事をする。世界の中心であるヒロイン様から目に掛けて貰えるとは。明日あたり死ぬかもしれない。

「ど、どうしたの? もう結構遅い時間だけど」
「朝の件でちょっと伝えたい事があって。アドバイスの通り、デレクと昼食に行って来たよ。かなり良い感じだったから、お礼を言いに」
「えっ? わざわざそんな事の為に、遅くまで待っててくれたの?」
「当然さ。私は感謝してるんだから」

 尊い。尊すぎて脳みそが爆発するかと思った。
 思わぬ精神攻撃に、思わず胸を押さえる。何て良い子なんだ。流石は乙女ゲームの主人公。菩薩力がカンストしているとしか思えない。

「おーい? ちょっと、大丈夫? 身体弱いなら、無理するなよ」
「そういうのじゃないので、お気になさらず……」

 慌てて呼吸を整える。まさか、アドバイスのお礼で出待ちしているなんて。粋なことをしてくれるぜ。