一番そうありたくなかった自分になっていく音がする


お題サイト「Mercy Killing」様よりお借りしました。


 興田くん、とそう呼ばれて意識が覚醒する。途端、耳に入って来たのはつまらない数式を淡々と説明する教師の声だった。不愉快である。
 もう一度眠りの世界へ帰ろうとしたところ、さっきよりもはっきりと声が聞こえた。

「起きて、起きて興田くん・・・あぁ、何だかダジャレみたいねぇ」
「・・・てめぇの声を聞いてる方が眠くなんだよ・・・」
「えぇ?そうなの?」

 のんびりとした声に気分までのんびりとしてくる。彼女の声には力があると思う。限りなく謎で、誰も解き明かす気の起きないような。
 言葉とは裏腹に、完全に意識は覚醒していた。彼女の声を聞いておきながら、二度寝などありえない。そう無意識下で考えてしまう自分に酷く嫌気が差した。
 授業中であるにもかかわらず、ぐぐっと背伸びをした興田雄哉は何を憚る事も無く隣を向く。座っているのは先程、わざわざ起こしてくれた上尾白那だ。にこにことよく分からない笑みを浮かべている。

「で・・・何だよ」
「次、当たるわよぉ、興田くん。あなたの前の人まで当たったわ」
「どうせ答えらんねーよ」
「はーい。だからね、私、あなたにここの解き方を教えようと思ってー」
「答え教えろよ、どうせならよぉ・・・」
「駄目よ、自分で解かないと。テストの時、私は興田くんに答えを教えてあげる事なんてできないんだからね」

 優等生と劣等生の楽しげな会話は教師の目に留まるのだろう。何か言いたげな顔でこちらを見ていた数学の先生はしかし、何も言うこと無く再び黒板と見つめ合う。
 こちらに確認しながらすらすらとノートの上を滑る白い手。
 何だか目障りで、ノートからその手をはたき落とせばどうしたのか、と微笑まれた。