ポマード ポマード ポマード!


お題サイト「Mercy Killing」様よりお借りしました。


 秋になり、日が昇っている時間が短くなってきた今日この頃。校門の前で山背修と別れた梧桐章吾はぼんやりと空を眺めていた。暗いが真っ暗とは言えないこの時間帯が、少しだけ苦手だった。
 そういえば、最近、季節外れの怪談が流行っているらしい。部室で嬉々と修が何やら話していたのを思い出す。確か、この辺りには口裂け女が出るんだったか。
 ――馬鹿馬鹿しい。
 抱いた感情はそれだけだった。何がって全国各地に口裂け女が出没しているのだ。新幹線ぐらいの速さで走るとか、目で負えんわ。

「・・・ん・・・?」

 心中で心底都市伝説をディスっていた章吾は不意に視線を感じ、立ち止まった。隠れてこそこそしているような視線ではない。気付いて欲しくて仕方が無いような、そんな下心を感じさせる、気配。
 頭を過ぎった人物は二人。一人は先程別れた修。彼はビビリだが、悪戯に関しては積極的に行うよく分からない人間なのだ。
 もう一人は言わずともがな、1年生の朝比奈深夏。彼女のストーカー癖は最早不気味さを通り越して感心にすら値する。というか、害は無いので放置。最近は偶然出会った風を装って話し掛けて来るようになったので少し成長したのだろう。

「・・・まさか、な」

 ――「口裂け女が出るらしいぜ。マスク着けてて、綺麗かどうか訊いて来る女」。
 脳内でにやにやと誰でも知っているような話をする修が思い返される。頭を振ってその馬鹿な考えを否定しようとしたそのタイミングで、後ろから声が聞こえた。

「・・・さい。ねぇ・・・私・・・・」
「う、わっ!」

 耐えられず、振り返る。一番に視界に写ったのは顔の半分を覆い隠しているだろう、立体マスク。使い捨ての紙マスクだ。そして、長袖。ぞわっ、と背筋が凍るのと同時、ほとんど反射で章吾は持っていた学生鞄を振り回した。振り回す形状に適したテニスラケットは背負っていたので咄嗟に手が出なかったのだ。

「きゃっ!?」

 か細い、だがしゃがれた悲鳴と共に何かが地面に転ぶ音。はっ、と章吾は我に返った。

「・・・何をしているんだ、お前は」
「ちょ、いきなり鞄で殴るなんてひどくないですかっ!?」

 抗議の声を上げたのは――朝比奈深夏。マスクを着けている。よく見れば着ている服は制服。春秋型だった為に一瞬それだと気付かなかった。
 それより――

「お前、風邪でも引いたのか?」

 一応は自分のせいで尻餅をついてしまった深夏を助け起こしつつ、問う。彼女の格好はまさに風邪を引きましたとアピールしているようなものであり、そうだったのならば妙に掠れて原形が分からない声も納得がいく。
 案の定、顔をしかめた後輩は頷いた。

「そうなんですよ・・・私、季節の変わり目ってちょっと苦手で・・・」
「大方、夜冷え込む事を忘れて薄着だったんだろう。馬鹿が」
「ううっ・・・そう言われると、確かにそうなんですけどね・・・」

 それが当然であるかのように、平然と横に並んで歩き始めた深夏を咎めること無く、章吾は一つ溜息を吐く。何だか無駄に一人で慌てていた事を思うと自分自身が滑稽だった。

「ところで、何をそんなに慌てていたんですか?」
「・・・何でも無い」

 えぇ?と彼女が隣で首を傾げているのが分かったが、当然、彼はその問いに答えなかった。