家に帰り、部屋へ入った直後、まるでタイミングを見計らったかのように携帯電話が鳴り響き、草薙人志は驚きながらもスマートフォンの画面を見た。
――非通知。
ケータイを持ってから今まで一度も知らない人間から電話など掛かってきた事が無かったから、驚き上げかけた悲鳴を呑み込む。しかし、もしかしたら知り合いかもしれないと前向きに考え、一先ず通話ボタンを押した。
『わたし、メリーさん。今、駅前にいるの』
「えっ・・・!?」
ぶつっ、一方的にそう告げられ電話が切れた。もちろん、怪談『メリーさん』は知っている。電話が掛かって来る度に段々とメリーさんを名乗る何者かが近づいて来るという寸法である。
女性の声だった気がするが、自分の電話番号を知っている女子は――いや、カノジョである檜垣玲璃だけとは言えない。今まで知らない女性から電話など掛かって来た事は無いが、確か以前にテニス部の山背修があまりにも知らない奴から電話が掛かって来るので非通知にしたという話を聞いた。
そもそも、玲璃ならば画面に非通知と表示されないはずなのだ。こちらも登録しているのだから。
あまり回転の速くない頭でそこまで考えた瞬間、再び電話。
もう通話ボタンを押したくない、と思いつつも鳴り続ける電話の音に耐えられず、電話に出る。
『わたし、メリーさん。今、駅前のコンビニで買い物をしているの』
「・・・お、おう」
――あ、人間の線が強くなってきたかも。
電話を切る。すると再び電話が掛かってきた。間がなさ過ぎる。
『わたし、メリーさん。ポテチって薄塩が好きだったっけ?』
「いや今日は・・・九州醤油味が食べてぇわ・・・」
上手く裏声を使っているようだが、最早誰なのか確定した。むしろ次の電話が楽しみですらある。
掛かって来たのは5分後。着信音に飛びつくようにしてケータイを見る。やはりそこには非通知。
「おうどうした?つかまだかよ、おせぇよ」
『わたし、メリーさん。ジュース買おうと思ったら百円玉が転がってったなう』
「いやもういいから早く来いって・・・もう8時じゃねぇか」
ぶつっ、と電話が切れる。とんだ焦らし。
数分後、最早何度目になるか分からない着信音。呼んでいた漫画本を置き、電話に出る。
『わたし、メリーさん。今あなたの家の前にいるの』
「おう、やっとか。ったく待たせやがって」
電話が切れ、しかし間髪入れずに電話が掛かってくる。家の前って言ったからもしかしたら鍵が開いていないのかもしれない。
「一階に誰かいたろ?開けてくれんじゃ――」
『わたし、メリーさん。今、あなたの家の前にいるの』
「いや分かったって。観念してインターホン押せよ」
二階が人志の部屋だ。普通に考えて両親は一階にいるし、玲璃ならば顔パスで部屋まで通してくれることだろう。彼女は姉のお気に入りなのだ。アニメオタクの姉の。
再び着信。無事中へ入れたのならば、部屋の前だろう。どうせだから、電話に出る前にドア開けて逆ドッキリでも仕掛けよう。そう思い、鳴り響く電話をそのままに部屋のドアを開け放つ――
「・・・いねぇ・・・」
慌てて今だ鳴り続けている電話を耳に当てた。
『わたし、メリーさん。今リビングでお姉さんと某巨人アニメを見ているの』
「・・・」
『30分待ってて。それと、二階でドアが開く音が聞こえたの。勝手な想像乙ブフッ!』
「・・・この野郎・・・」
そして30分。一階でアニメを見ながら爆笑する姉の声と玲璃の声を聞きながら部屋の中で一人寂しく過ごす事になる。
およそ久しぶりになる着信。
『わたし、メリーさん。今あなたの部屋の前にいるの』
「開けるから待ってろ。ってか俺が待たされたんだけどな・・・」
ドアを開けた先に居たのは檜垣玲璃だった。見覚えの無い携帯電話を片手ににやにやと嗤っている。
「遅いっつの・・・」
「ごめんごめん。ちょっとお姉さんと意気投合しちゃってね。あ、あと新しい携帯買った。アドレスも変更したから夏だったし・・・ま、ちょっとぐらい怖かった?」
「おおよそ台無しだよ!最初は驚いたけどな、途中で軌道修正不可能だろあれ!つかお前、家の前で2回も掛けてる暇あったらさっさと上がって来いよ!」
え、と玲璃が首を傾げる。何の話をしているんだ、と言わんばかりの顔である。
「私、家の前では1回しか電話掛けてないよ。普通に考えてドアが開いてるからって不法侵入するわけないんだから、開いてても閉まっててもさっさとピンポン押して中入るって」
「・・・え?」
急いで携帯電話の履歴を確認する――
「・・・げ」
一定時間、全てが『非通知』その下に電話番号が書かれた履歴。しかし、全てが同じ表記であるはずのそれの中に、一つだけ違う電話番号が混ざっていた。ちゃんとチェックしなければ気付かないだろう、唐突に一つだけ。
「うぉわぁぁぁああああ!?嘘だろぉぉおおお!?」