04.痴話喧嘩に巻き込まないで下さい

 あぁ、失敗した。そう悟ったのは図書室へ借りた本を返しに行こうと廊下へ出たその瞬間だった。1組に所属する梧桐章吾は本来あまり昼休みふらふらと出歩かない主義なのだ。何と言っても1組は国公立クラス。休み時間に休まないクラスなのだ。
 ので、彼がいくら図書室へ行く為とは言っても昼休みの貴重な時間に廊下へ顔を出したのはある意味奇跡である。
 ――が、それは最初に述べたように失敗だった。
 図書室は1階。ここは2階。階段を下りなければならないのだが、その階段の近くで言い争う男女の姿があった。というか声を聞けば誰なのかすぐに分かった。
 4組の草薙人志と檜垣玲璃。玲璃の事についてはよく知らないが、人志の方は運動部の代表組の一人であるので面識がある。一ヶ月に一度の割合で呼び出されるので当然だが。そして、章吾は彼が真実面倒臭い人間である事を割と初期段階で気付いていた。
 ――遠回りするべきだろうか・・・いやだが、どうせ回ったとしても階段は通らなければ・・・。
 なるべく目を合わせないように素通りを決め込み、片手に分厚い本を持ったまま階段の真ん中で喧嘩している二人の間を通り抜ける。そこしか通る場所が無かったのだ。

「はぁ!?巫山戯ないでよッ!」
「ちょ、おい・・・!?」

 ほとんど叫ぶようにそう言った玲璃。瞬間、その腕が自分の腕に絡まった。というか、掴まれた。この時、冷静であったのならば章吾の方も振り切れただろうが、生憎と彼は女性に免疫が無かった。よって、ぎょっとして硬直。さらなる超展開を喚び込む事となる。
 振り払うにも振り払えず、とりあえず腕の主を見やる。続いて、人志。ばっちり目が合った。何だか泣き出しそうな顔をしている。

「あんた馬鹿じゃないの?陸上部のトゲトゲスパイクで踏んづけたら本に穴が空くなんて当然でしょ。馬鹿なの、ねぇねぇ、馬鹿なの!?だいたい、私の本弁償するなら分かるけど、どうしてそこでアイス食いたいとか言い出すわけ?ねぇ、爆発すればもう。どうして私が正しいのにあんたがそこら辺の馬鹿女に庇われてるのかまるで意味が分からないし、ていうかアイス以外に何か無いの?冬になったらどうするつもり!?アイス食べるの?こっちはアイスの食べ過ぎで毎日腹痛なんだけどぉ!!」
「・・・いや、えっと・・・その・・・」
「私の小遣いはあんたの胃袋を満足させる為にあるんじゃないんだけど。しかも私、アイスじゃなくてじゃが●こ派だって!正直、スタバ行って抹茶ラテ飲みたいよ!もっとこう、エレガントな趣味の一つでも持とうよ。もういい!何か眼鏡のセンスが微妙に良い感じに見えるけどそうでもないような気もする梧桐くんと付き合う。うんそうしよう、それがきっと平和だようん」
「ファッ!?」
「いやちょっ・・・思いとどまってくれ頼む!俺はまだ死にたくないんだがっ!!」

 慌てて助けを求めるように人志を見やれば、彼はその目に殺意と悲しみを浮かべてこちらを見ていた。大の男の涙に潤む目など気持ち悪い以外の表現方法が見つからない。
 というか、何をしたらこの一見普通の女子生徒に見える彼女をここまで怒らせる事が出来るのか。最初に登場した貸した本云々の話はどこへ消えたのか、冬のアイスの心配なんてバカップルっぽくてカワイイんじゃなかろうかとか、言いたいことは多々あるが、とにかくこの修羅場を回避すべく章吾は声を張り上げた。

「痴話喧嘩は余所でやってくれッ!!」