01.それただの惚気ですよね

 ――嫌な奴に捕まったわ・・・。
 目の前でにこにこと気味が悪いぐらい良い笑顔を浮かべている男子生徒、草薙人志。別に楽しいのは悪い事じゃないだろうが、人生を常に謳歌していそうな彼が微笑んでいようと何ら目新しい事は無いので出来れば勘弁してもらいたい。
 と、嘉島勇斗は嘆息した。
 彼は4組、自分は5組。接点と言えば部活代表同士というだけで厳密に言えば所属している部すら違う。つまりこうやって廊下で出会って微笑み合うような仲ではないのだ。

「なぁ、お前丁度良いトコに居るな」
「俺、今から用事あんねんけど・・・」

 適当な事を言って切り上げようとした途端、またもや彼に似つかわしくない真剣な顔になる。さっきまで笑っていたのに何なんだ一体。

「ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど」
「えぇ・・・そりゃ、カノジョさんにでも言ってあげたらええやん」
「いや、それじゃ駄目なんだ!」

 ガッ、と両肩を掴まれる。思わず悲鳴が喉から迫り上がってくるがそれをどうにか抑え込んだ。まったく心臓に悪い何てことをしてくれるんだ。
 というかいつもカノジョ――檜垣玲璃の名前を連呼しているというのに、今回に限ってそれが無いという事はそれ関連なのだろうか。もっと他に話せる人間は居なかったのか。
 様々な疑問が脳内を駆ける中、勝手に話し始めた人志の声が耳に届く。

「それがよぉ、何か今日、俺がアイス食いに行こうぜーってアイツに言ったんだよ」
「檜垣に?」
「そうそう。そしたらアイツがよぉ、今日一日俺が授業中寝なかったら買ってやるって言ったんだけど・・・どう思う?」
「・・・え?」
「いやだから、どうなんだよそこら辺」
「いや、何がぁぁぁ!?ええんとちゃいますかぁ!ええですねぇ、帰りにアイス食って!そりゃ、楽しそうで何よりやけどそれが何かぁぁぁ!?」

 リア充爆発しろ。心中で親指を下に向け、叩き付けるようにそう言う。しかし当の本人は呆れたように首を横に振った。そろそろ殴りたい。

「だぁからよぉ、玲璃の事だ。何か考えてんだろ?俺じゃアイツの考えてる事なんて分からないから、ちょっとお前に訊いてんだよ」

 冷静な思考が戻って来る。そしてすぐ合点がいった。よくよく考えてみれば目の前の男が授業中に寝ないなどあり得ない。現在2時間目の休み時間だが、昼休み終了後の午後授業は確実に爆睡する事だろう。
 つまり、授業中に寝てはいけないと気遣うふりをしてその実、玲璃は『アイスなど奢るつもりはない』と言っているようなもの。

「・・・アイスなんて食べるつもりないで、それ。だってお前、授業中起きてるとか無理やん」
「・・・まぁ、そうなんだよな」
「何や可哀相にぃ!まぁ、精々一人で寂しく帰れや」

 実に歪んだ喜びを手に入れ、勇斗は踵を返した。もうこれ以上彼に関わる事は無い――

「何言ってんだよ。帰りは一緒だっつの、馬鹿か」
「・・・え?いやでも、自分、陸上部やん。練習終わるの7時過ぎやん。待ってるの?このクソ暑い中」
「当然だろ」

 ――なんだよ惚気かよ。
 心中で吐き捨て、勇斗は深い不快溜息を吐いた。