第6話 魔物達の隠れ家

01.怪しいデリバリー先


 オスカーさんがスイーツ工房へやって来たのは、きっかり時計の針が10時を指した頃だった。店は午前10時から開店なので何の問題も無いのだが、それにしたって特売日かって言うような時間に乗り込んで来るのはどうかと思う。

 今日はクリフくんが里帰りでおらず、代わりにシフトを入れ替わったビエラさんとリリちゃんが店内にはいる。
 優雅にティータイムを始めたオスカーさんという客を尻目に、相変わらず朝からケーキを貪り食っていたリリちゃんが遠慮も何も無く言葉を漏らした。

「エレイン〜、あの人、送っていくの?」
「え? ああうん、そういうルールだから一応聞くけど。まあ、多分帰りの足にされるのは間違い無いよね」
「ふ〜ん。そういえば〜、ビエラはアイツの事、警戒してなかったっけ〜?」

 話を振られたビエラさんは掃除の手を止め、ひたとリリちゃんを見つめた。

「スワンプマンさえ絡まなければ常人ですよ、彼は」
「あの2人共? ご本人、居ますから。ここに」

 恐る恐る常連となりつつある客の反応を伺うが、オスカーさんは備え付けの新聞記事を読むのみで、特別私達の会話に何か思う所はないようだ。神経がかなり図太いようで羨ましい限りである。
 そういえば、と最早掃除を完全に辞めたビエラさんが会話の輪へ入ってくる。声を潜めており、外部に声が漏れないようにだ。

「彼、あなたがいない時にも店へ来ますよ。エレイン」
「ええ? まあ、単純に店長のファンになった可能性もないことも、なくも……いややっぱり無いわ」
「スワンプマンについて調べてみましょうか?」
「どうしたんですか、急に」

 ぐっと真剣味を帯びたビエラさんの声に気圧される。そんな私とは裏腹に、リリちゃんはどっしりと構えたままだった。

「それも〜、一つの手段ではあるよねぇ。不純な理由で〜店を出入りされるのもぉ、気になるし〜」
「ええ。エレイン、あなたは決して強い戦闘員という訳ではありません。用心するに越した事は無いでしょう。それに、ギルドのコネを使えば3日で調べが付きます」
「ギルドのコネて。辞めたんですよね、ギルドは」
「辞めましたね。しかし、あるものを使って何が悪いと言うのでしょう」

 不意に念話器が受信を告げた。先程までの切迫感が嘘のように、カチリとスイッチを切り替えたビエラさんが念話に出る時の定型文を口にする。

「エレインは〜、今から仕事かなぁ?」
「会話の内容、聞こえるの?」
「エルフは耳がいい……かもしれないよねぇ」

 ――それは結局どっちなんだ。願望? それとも事実?
 ビエラさんが戻ってきた。すでに箱詰め作業を開始しながら、同時に私へと的確な指示を出す。

「エレイン、ヘルマンさんの拳右道場とセトレシア街郊外にある林の入り口付近です」
「今、2回も念話掛かってましたっけ?」
「いえ。念話器横に設置されたメモに昨日からの注文が殴り書きされていました。恐らくは店長でしょう」
「そ、そっか……」

 私達が帰った後に来た注文だったのだろう。言うのを忘れているのが実に店長らしいところだ。しかしそれとは別に――

「あの、2つ目の場所おかしくないですか? 林の入り口って……。ピクニックでもしてるのかな?」
「誰も居なければ即帰還して下さい。私も多少なりとも危険性を孕んでいると考えます」
「んな無茶苦茶な!」

 先程まで心配している、とでも言いたげな言葉を口にしていたのに。全く唐突な手の平返しに戦慄を隠せない。私の心中を察したのか、リリちゃんから軽く背中を叩かれた。

「大変そうだな」

 店長のものではない男性の声。言うまでもなくオスカーさんだ。席から立ち上がり、どうやら食べ終わった皿を下げてくれたらしい。この常連の間に流れる圧倒的な身内感。

「大変ではないんですけどね。行き先が変ってだけで」
「そうか。ついでに俺をスツルツまで送ってくれ」
「最近、図々しくなりましたね。残念ですが、デリバリーがあるので。三つ子山になら下ろしてあげますよ!」
「そうか。お前の仕事が終わったあたり、昼の時間だな。飯でも奢ろうか?」
「スツルツですね。ギルドに下ろせば良いんですか?」

 私の盛大な裏切りにビエラさんが深く溜息を吐くのが聞こえた。まあ、あまり給料の話はしたくないが、所詮はアルバイト。外食なんて贅沢は月に一度出来るか出来ないかくらいなのだ。しかも、悲しい事に一緒に外食してくれる人物もいないし。

 それは良いんだけどさあ、とリリちゃんが間延びした声を上げる。

「先にぃ、仕事を終わらせなよ〜。ビエラが言ってた林の入り口は〜、危ないと思うからぁ、気を付けた方がいいんじゃないかなあ」

 好かさずビエラさんからケーキの箱を2つ持たされる。『拳右道場』のメモが貼ってある箱はかなり大きい。明らかに一人用ではないのが伺える。

「良いですか、エレイン。まずは拳右道場にそちらのケーキを届けて下さい。その後で、セトレシア郊外へ行くように。最悪、注文者からすっぽかされる恐れがあります」
「分かりました! 行って来ます!!」

 私の仕事が終わるのを待つつもりは無いのかオスカーさんも着いて来た。私よりは戦闘能力に長けていそうだし、いざとなったら用心棒程度にはなるかもしれない。