第5話 浮き草達の掟

11.奇跡狩り


 このままミハナを放置すれば新しい争いの火種を生む事は必至。私は独断と偏見、そして僅かな私情で先にミハナとミュールさんを村へ返した方が良いと判断した。しかし、その間ビエラさんが一人になってしまう。一瞬で行って戻って来られるとはいえ、先頭に特化したミハナもいなくなってしまうのだ。
 ――まあ、また何か起きたら、今度こそミハナにギルドの物理的なお取りつぶしをお願いするしかないか。

 考えるのが唐突に億劫になってしまい、適当この上無い決断を下す。とはいえ、独り残されるビエラさんに相談してから事に移した方が良いだろう。
 何か感慨深そうに倒れたブレヒトを眺めている彼女にそうっと声を掛ける。

「あのぅ、ビエラさん。これ以上、大変な事になる前にミハナとミュールさんを一旦、村へ返そうと思います」
「ええ。賢明な判断だと思います」
「あの、すぐに戻って来ますから! 一人でも大丈夫ですか?」
「問題ありません。すでに、彼等の戦意は地の底です。見事な暴れぶりでしたね、彼女」

 ちら、とミハナを一瞥したビエラさんは薄く笑みを浮かべている。機嫌が良い時、良い事があった時に垣間見せる表情だ。
 今日は色々な事に首を突っ込んできた彼女も心配だが、ともあれミハナとミュールさんに声を掛ける。

 2人を送り届けてミスト支部へ戻ってみると、状況は僅かに変わっていた。村にいたのはほんの数十秒だったというのに。

 倒れたマスター・ブレヒトをすぐ傍で見下ろした彼女は無表情だった。いっそ、恐ろしいくらいだ。朗々と語る、温度の無い彼女の声が響く。

「私はギルドには戻りません。痛い目を見たでしょう? 人を人らしく扱う、それがギルドだったはず。今回の一件は、貴方の人道外れた行為が生み出した悲劇です」

 やっぱり知り合いなのだろうか。ビエラさんは元々ギルド員だったと言うし、前の職場はここだったのかもしれない。

 ――声、掛けにくいなあ。
 いい加減、職場に戻らなければという気持ちはあるのだが、如何せん連れて帰るビエラさんがあの状態ではビビリの私に声を掛けるのは難しい。
 ううん、と唸りながら一歩下がる。それはどうしようか迷った時、理解不能な事が起きた時などに私が取る、一種の癖だ。

 ドン、と背中に何か触れる。一瞬壁にぶつかったのかと思ったが、ここはロビーのほぼ中央だ。
 弾かれたように、私は背後を見た。

「ひぇっ……」

 大男。立派なお屋敷とかに飾られていそうな物々しい被り物をしていて表情は伺えない。頭はかなり防御力が高そうだが、裏腹に首から下はかなり薄着だ。端的に言って、夜中なんかに廊下で遭遇したら絶叫不可避な怪しげな人物と言って良いだろう。
 そして更に恐ろしい事に。私がぶつかったのは、恐らくこの大男だ。あの太い腕で殴られたら、首と胴体が泣き別れしてしまうのではないだろうか。

 私はこれから起こる惨事に恐怖し、完全に硬直してしまった。それでいて、何か言葉を――主に命乞い――発さなければと、口だけは金魚のようにパクパクしている。
 助けてビエラさん、と心中で叫んでみるが、当然ながら助けは来ない。

 真正面を見ていた被り物の顎が僅かに引かれ、男の視界に私が入る。親と小さな子供くらいの身長差がある私達。死を覚悟した私は防衛本能からか、腕で頭を庇った――

「すまない、ぶつかった」
「……え?」
「悪いな。こんな物を被っているせいで、視界が狭くてかなわない」
「……あっ、いえ。余所見してて、スイマセン」

 何か謝られた。ぶっちゃけ、周囲を確認せず下がった私が百パーセント悪いのだが。
 男はすでにぶつかられた相手の事など興味がなくなったのか、隣に立っている人物に話し掛ける。口ぶりからして、明らかに一緒にギルドへ来た人物と言った体だ。

「この様子では話を聞くどころではなさそうだ」

 対し、相手の女性がそうね、と頷く。
 彼女は有翼族のようだった。彼等彼女等は肩から手首まで、鳥類のような羽毛が生えている上、程度によっては足の先まで鋭いかぎ爪が着いている者も居る。
 そのせいで普通の服は着られないので変わった形状の服を着用している事が多い。彼女もその例外ではなく、ポンチョのような造りになった服を着ていた。服の裾から、白い羽根がチラチラと見え隠れしている。

「無駄足だったわね。んー、まあ、あたし達の間が悪かったのかも。アポも取ってなかったし、仕方ないわね。シリザンの森にいる魔物について、情報をくれるって言ってたんだけど」

 ――シリザンの森!? え、何かヤバめの魔物がいるの!?
 不意に訪れた職場の安寧を脅かす発言。流石にこれは看過出来ないと、私は恐る恐る2人組に事情を聞いてみる事にした。

「あのぅ、ちょっと聞こえちゃったんですけど……シリザンに、何かヤバイ魔物でもいるんですか? あそこ、Lv.5までの魔物はデフォですけど」
「んあ。さっきサディアスがぶつかった女の子」
「いや、ぶつかったのはどっちかって言うと私――」
「教えても良いけど、何? ギルド員? 森への討伐クエストを受けてるなら、見送った方が良いわよ。まあ、アンタ、そんなに強そうには見えないけど」
「そうじゃなくて、私、シリザンに職場があるんです」

 ここに来て初めて彼女は目を丸くした。その間に、それとはなしに会話を聞いていたであろう被り物の男が呟く。

「危険過ぎる。職を変えた方が良い」
「サディアス、良いのよそんな事は。まずは聞かれた事に答えるわね。何でも、斧を持った凶暴な人型の魔物だそうよ。あたし達《奇跡狩り》に討伐依頼が来るくらいだから、最低でもLv.6くらいの強さがあると思う」

 《奇跡狩り》。その単語に私は盛大なリアクションを取った。
 奇跡狩りと言えば主にギルドの大勢で叩いて圧殺する戦法が効かない魔物、Lv.6オーバーのそれを狩る国際組織だ。彼等に国境という概念は無く、要請があればどこへでも魔物討伐に赴く。個の力を集めた戦闘集団。

 彼等が奇跡狩りの人員である事をようやく呑み込み、今言われた情報を整理する。冷静になって考えてみたら、その魔物ってうちの店長じゃね? そうとしか思えなくなってきたのだが。

「おい、レア。一般人を怖がらせるな」
「でもあの子が聞いてきたんじゃん。そういう訳だから、アンタも早い所職場を変えた方が良いわよ。というか、シリザンで何の仕事すんの?」
「あ、ありがとうございます。ちなみにうちはケーキ屋です」
「マジで!? ヤバイ、超ウケるんだけど! シリザンの森、行ったらケーキ食べに行くわ! え、ちなみに定休日とかは?」

 休みの計画をレアさんとやらに告げたところ、彼女は大変満足したように頷いた。

「オッケー! じゃ、シリザンの魔物を討伐した暁には行くから!」
「行くぞ。立て込んでいるようだし、長居は無用だ」

 奇跡狩りの2人は何もすること無く、強いて言えば私に情報提供だけしてギルドを後にした。何しに来たんだろう、って後から冷静に疑問に思われたらどうしよう。