第5話 浮き草達の掟

03.店長のカリスマ性について


 ライナルトさんが医師に事情を説明。どうやら彼は私の素性などどうでもいいらしく、兄妹の話を「ほーん」、と言った体で聞いていたが。唯一興味を示したのは技能の話になった時だ。

「瞬間移動能力――成る程、精度にもよるが、それならば三等技能程度の可能性はありますね」

 技能には国が独自に決めた基準で等級が割り振られる。一等から六等までは数字と人数がイコールされるので、もし私の技能が本当に三等ならば現状3人しか持ち合わせていない技能という事になるらしい。
 一体人数をどこで測って出しているのか。疑問は尽きないが、お国の技術力の結晶だか何だかでメカニズムは不明である。

 その後、名前や住所を書かされ、当然の如く採血された後にようやく開放された。ちなみに、上手い医者の注射は本当に痛くなかった。これこそどういう原理なのだろうか。
 ともあれ、かなりの時間を費やしてしまった。私はパフィア兄妹に断りを入れ、早々にスイーツ工房へと戻る事を告げ、その場を後にした。

 ***

「ただいまー、あ。念話中か……」

 店へ戻ってみると、ビエラさんが念話に向かって何事か話込んでいた。仕方が無いのでリリちゃんに視線を向ける。今日は食べるケーキが無かったからか、ぼんやりと店の床を眺めていた。

「聞いてよリリちゃん、私、兵舎で採血受けてきたよ」
「採血〜? 持病とかあったっけ〜、君」
「いや無いんだけどさ、技能検査の季節じゃん。そんな話になって、針が苦手つったら何かそうなった」
「いみふ〜。ところでさぁ、あの念話〜、君に用事みたいだよぉ。知り合いなんじゃないの〜?」
「え、マジで。私用念話は控えて欲しいわ。切実に」

 バッ、とビエラさんの方を向くと彼女は視線で私に訴えかけてきていた。早く交代しろ、と。リリちゃんも早く教えてくれればいいのに。そんな事を思いながらビエラさんと話者を交代した。なお、私は前にも述べた通り念話が使えない。『念話を繋ぐ』という作業は彼女に任せきりだ。

「もしもし?」
「ロヴィーサよ、エレイン。今はミスト街の門前から念話器を使っている」
「ああ、ロヴィーサさん! もう、職場に注文以外の念話掛けてきちゃ駄目ですよ。それで、何の用事だったんですか?」
「分かっている。ミハナが村に帰ってきている。貴方の帰りを待ちわびているが、土産に果実酒と……そうね。ケーキを買って帰って来なさい。注文しよう」

 これで良いだろ、と言わんばかりの態度である。まあいい、このまま念話を切られてもビエラさんから小言を貰いそうだ。
 メモを取って来た私はロヴィーサさんが注文したケーキ、計11個を書き留めた。この金は一体どこから出て来たのだろうか。まさか私の自腹なのか、それともミハナのポケットマネーか。確実にロヴィーサさんの金ではない。

「じゃあロヴィーサさん、ミハナに夕方頃には帰るって言っておいて下さい」
「了解した」

 念話を終了。恐る恐るビエラさんと目を合わせる。彼女の事だ、職場の念話を私用に使うなと注意してくるに違い無い――
 と思われたのだが、彼女は私を通り越した背後を見ている。疑問に思って振り返ると、丁度厨房から店長が現れた。

「おう、エレイン」
「えっ? な、何ですか!?」

 この時間に表へ出て来る事が珍しい店長。その低い声に背筋が伸びる。まずい、念話の事などネチネチ言わないタイプだと思っていたが、これは文句か? 文句を言いに来たのか?
 しかし、さっきまで兵舎でお茶会に参加していたりと、勤務中とは思えない振る舞いだった。そろそろ誰かが注意して来てもおかしくないだろう。

「友達か?」
「え、ええ。まあ、出稼ぎに出てる友達が帰ったみたいですね。またすぐに出て行くと思いますけど」
「そうか。今日は早く上がれ、片付けはこっちでやっておく。友達は大事にしろ」
「てっ、店長……っ!!」

 流石は我等がドン。器の深さが違う。私はクリフくんの思想にも、ビエラさんの思想にも染まっていないがこの時ばかりは彼等の盲目的な敬愛にも頷けた。そうか、この感じか。これが導かれるって事なのか。

 私はこの後、私にしては大変珍しい事に馬車馬の如く働いた。今まで若干サボっていたのが申し訳無くなった他、単純にデリバリーの注文が殺到した。何故かは分からない。2月に入って苺フェスをやった時以来の忙しさだったと思う。
 そうして午後6時、いつもより1時間早上がりした私は王都によって上等な果実酒を購入し、ケーキを持って村へと戻った。