第3話 セトレシア騒動

09.厄介な頼み事


「ところで、ケーキは美味であったぞ。次は礼儀として店に顔を出すとしよう、無論、アリアも連れてな!」
「いや止めた方が良いですホント。間違い無く八つ裂きにされてあなた達がおやつになってしまいます」

 イアイエルさんとアリアちゃんが来る事で巻き起こる、凄惨且つ残忍な魔物事件が脳内で勝手に再生される。うん、やっぱ来ないで欲しい。店には来ないで良いから、ケーキは注文してくれ。
 話が途切れたのを見計らってか、オスカーさんが口を開いた。やけに静かだったが、その顔は険しい。今からクレームをつける人間の顔だ。

「おい、お前。ちょっと表出ろよ、話がある」

 ――カツアゲかな!?
 ぎょっとした私の顔を見たのか、オスカーさんは溜息を一つ吐いた。そうしたいのはこちらである。

「別に変な話じゃねぇよ、ビジネスだ。ビジネス」
「はぁ……。まあ、聞きましょうか。話だけは」

 礼拝堂の裏に行こうとしたら逃げよう。ボコられるかもしれない。
 一応の覚悟を決め、扉から出て行くオスカーさんの後を追う。そっちがその気ならこちらだって腹を括るのみだ。

 礼拝堂を離れて歩く事数分。黙々と煙草を吹かしながら歩いていたオスカーさんがようやっと口を開いた。何でこんな気まずいお散歩させられたんだろう。沈黙が本当に辛かった。

「さっきの魔物の事だが」
「ああ、スワンプマンとか言われてた奴ですよね」
「そうだ。俺は諸事情があってアイツを討伐しなきゃならない」
「はあ、そうですか。でももう、ギルドの人達に倒されてるんじゃないですか? 一杯人居ましたけど」
「逃げ切ってるだろ、恐らく。セトレシアの支部はあまり統率力が無いからな。寄せ集めの烏合の衆でどうこう出来る魔物じゃない」

 訳知りらしい本人がそう言うのだからそうだろう、と私はその話題を受け流した。礼の魔物が生きていようが死んでいようが、私にとって直接的な障害にはならない。
 生きている、という体で話を促す。

「で、私に何が言いたいんですか? あなたをあの場から連れ戻して欲しいってお願いして来たのはアリアちゃんですからね。私に文句を言われても」
「もう終わった事は良い。スワンプマンは国に顔の割れてる指定魔物だ。情報が入り次第、俺をそこに連れて行け。お前の能力ならひとっ飛びだろ」
「いやいやいや! アンタ負けてたでしょ! 自殺なら余所でやって下さいよ、ホント! お断りです、お断り。牛みたいに突っ込むんじゃなくて、良い方法を考えた上で私にそういう話は持ち掛けて下さい!」

 あとそれ以前に私、ケーキ屋の店員! という言葉は呑み込む。話がややこしくなりそうだったからだ。
 それにしたって何故あの魔物に拘るのか。底の見えない執着心のようなものも不気味だ。それと同じくらい、しつこく話を持ち掛けてきそうだ。頃合いを見て、店に戻ろう。今頃、私が戻らなくてクリフくんがご立腹のはずだ。

 しかし、私の予想に反しオスカーさんは思いの外あっさりと「分かった」、とそう呟いた。

「ま、その警戒心の強さじゃ首を縦に振らねぇ事は分かってた事だな。方法を改める。楽しみにしてろよ」
「自分の足で追えばいいのに……」
「馬鹿、移動速度は人間のそれより遥かに上なんだぞ。追い掛けてたって追いつけるかよ。そんな事やってるうちに、他の誰かに殺されたなんて堪ったモンじゃねぇ」

 はぁ、と溜息を吐いたオスカーさんはくるりと踵を返した。礼拝堂へ戻るようだ。私も職場に戻りたいので、ここで彼とはお別れだろう。
 そんな彼は煙草を持った手とは反対の手に酷く見覚えのある1枚の紙切れを持っていた。

「ふぅん、シリザンの森な。ケーキ美味かったぜ。今度、土産持っていくから。エレインちゃん」

 嫌味っぽくそう言ったオスカーさんの背を茫然と見送る。
 いつの間にか、ポケットに折り畳んで入れていた予備のチラシを擦られていた模様。何て手癖の悪さだ。