第3話 セトレシア騒動

08.お願い事の報酬


 ともあれ、スワンプマンは無事だった。いや、こういう言い方は無いと思うが。全くの無傷で舞い上がった砂埃を斬り裂きゆらりと姿を現す。この魔物、Lv.5オーバーかもしれない。5か6どちらかに分類されるはずだ。

「オスカーさーん! 全然駄目じゃないですか! 逃げましょう、もういいでしょ? ねっ!?」
「だから、お前だけ先に逃げろ、つってんだよ! 俺の事は放って置いてくれ!」

 ――じゃ、私は帰りまーす! さようなら!!
 心中では帰る気満々なのに、アリアちゃんの顔を思い出すとそう言い出せない。彼女には謎のカリスマ性があると思う。
 もうやっぱり無理矢理にでもギルドに跳んだ方が良いかな、と考えを巡らせる。問題は彼が全く無抵抗では無いだろうという事だ。近寄った瞬間に暴れて振り回した腕が当たっただけで怪我をしそう。そんな馬鹿らしい理由で青痣なんかを作るのは嫌なのだが。

 ちら、とスワンプマンの様子を伺う。そっちの魔物はオスカーさんの事など通り越して、街の門を凝視していた。
 何だろう、まさか私達の事を無視してとっとと街の中へ入ろうとしているのだろうか。特にセトレシア街に思い入れは無いが、こんな怪物が街中に放たれようものなら死者が出る事は必至。

 ――などという考えは的外れに終わった。
 ドドドドド、という地鳴りのような音。大勢が足踏みをしているようにも聞こえるそれは街中から外へ出て行こうとするギルド人員の足音だったのだ。
 門が開け放たれる。
 そこには人の群れ、ざっと三桁はいるかもしれない。スワンプマン討伐の為に組まれた、ギルド特製の討伐隊だ。

「ギルド……!?」
「はいはい、これで解決ですよね。戻りますよ、オスカーさん。アリアちゃんが心配してますし」
「ちょ、まっ――」

 これ以上、彼のワガママを聞く気はさらさら無かったので肩にポンと手を置いてそのまま礼拝堂へ跳ぶ。景色が一瞬で移り変わり、無骨な草原の風景の代わりに繊細なステンドグラスの光が網膜を焼いた。

「……は? いや、そうか。これで俺を抜かして外に……」

 自身の立つ場所が礼拝堂である事に気付いたらしいオスカーさんが頻りに頷く。
 一方で、私達の出現に顔色一つ変えないアリアちゃんが口を開いた。深刻そうな顔をしてはいるが、皿とティーカップが置きっぱなしだ。何ブレイクタイム満喫してんだよこの人等。

「オスカー! おねえさん、ありがとう、ございます……」
「うん、それは良いんだけどね。ケーキは後にして欲しかったかなあ。お姉さん頑張ったし……」
「あ、その、よければ、一緒に」
「ああうん、そういう事じゃないんだけどなあ」

 まあそう目くじらを立てるな、と有翼族の男性がそう言う。ばさばさ、と白い翼がはためいた――ん?
 私は脳内にある典型的な有翼族をイメージする。彼等彼女等は肩から腕に掛けて羽根の生えた者、場合によっては足の先にかぎ爪がある者など様々だがその翼が背から生えた者は見た事が無い。何せ、鳥に取って腕とは翼。背から生えているものではないからだ。

 失礼にならない程度に、例の男性を観察する。裏も表も真っ白、純白の羽根。3対。いやいやおかしいだろ、そんな鳥いないでしょ。真っ白い羽根の鳥、つったら鶏くらいしかイメージ出来ないわ。
 俄然疑問が湧き上がってきた。これは何の鳥をモデルにした有翼族なのだろうか。まさか、今は絶滅した古代鳥とかだろうか。
 が、ここで有翼族の彼が私の視線に気付いた。何故か得意気な顔をしている。大変腹立つ光景だが、この調子だと何者であるのか自らネタ晴らししてくれそうだ――

「うむ、名乗り忘れておったな! 我はイアイエル、天上から参った!」
「はい? えっと、有翼族なんですよね?」
「天使である」
「えー? あ、ああ、そういう」

 ――設定なんですね、という言葉は寸前で呑み込んだ。
 何も無い外で出会っていたのならばそういう可能性もあっただろうが、ここは神へ祈りを捧げる場所。神聖な礼拝堂のマスコット的な存在なのだろう、彼は。
 私は神に微塵も興味がないので納得したふりをして適当に受け流した。深く訊ねると興味を持ったと勘違いされて面倒な事になりかねない。

 ちら、とこちらは明らかに人間であるオスカーさんに視線を送ってみる。彼もまた苦虫を噛み潰したような顔をしていた。やはり彼、イアイエルさんは有翼族だ。可哀相に、宗教関係のせいで真の自分を偽りざるを得ないのだろう。過酷な世界だ。
 それでだな、と私の哀れみの視線には気付かないのかイアイエルさんが話の路線を戻す。

「報酬の件だが、これでどうだろうか? 地上では手に入らぬアイテムであるが、我は上へ戻ればいつでも入手出来る故、お前にやろう。それなりに値は張るぞ?」

 言うや否や、自称天使は自らの指に嵌っていた金のリングをするりと抜き取った。そしてそれを私へと投げ渡す。両手で挟むようにしてキャッチしたそれは、今さっきまで彼が嵌めていたにも関わらずひんやりと冷えていた。
 これは――成る程確かに高値のような気がする。まさか金ではないだろうが、その光沢はメッキの輝きとは異なっていた。

「いいんですか、こんな高価そうな物……。本当に貰っちゃいますよ?」
「構わん。そのようなアイテムなぞ、我にとってはあっても無くても同じよ」
「何か効果があるんですか? 幸運になれるとか?」
「んん? 幸運になれるかどうかはお前の行い次第だ。物に頼るような事ではないな。どのような効果があったかは忘れたが、まあ、装備しておいて損は無いぞ! はっはっは!」

 何か変な物貰っちゃったなあ。一応は礼を言い、人差し指に嵌めてみる。イアイエルさんの指にぴったり嵌っていたのだから私の指には大きいと思ったが、何故かぴったりと指に嵌った。何この不気味なリング。形状記憶してんの?