第3話 セトレシア騒動

07.スワンプマンとオスカー


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 仕方なく、アリアちゃんの言う通り門を越えて街の外へ跳ぶ。何でこんなに一生懸命になって跳び回っているんだろうとも思ったが、そんな感情は人っ子一人いないどころか魔物が門の前で待ち構えている場面に遭遇して飛んだ。
 というか、たぶんオスカーさんとやらは追い越したのだろう。当然だ。至って当然の結果なのだが、酷く釈然としないこの気持ちは一体。

 門を破壊しようとしていた件の魔物――放送のお姉さん曰く、スワンプマン。そいつはゆっくりとこちらを見た。完璧なまでの人型。こうやって体躯に無駄のない魔物程、強いと誰かが言っていたがコイツはどうだろうか。
 襲って来ないのを良い事に、私はそいつをじっくりと観察した。見れば見る程、人に見えて来る。今時のファッションに歪んだ部分が欠片も無い人間の体躯。おかしい所と言えばそいつが全身から放電している事だろうか。触りたくないな、感電死しそう。

 ――というか、私は今からどうしたら良いんだろ……。

 多分このスワンプマンとやらが目的だったオスカーさんはいない。そして私の目的はその彼を礼拝堂へ連れ戻す事。
 気まずい沈黙が流れる。
 私が殴り掛からない事に対して、魔物も疑問に思っているのが伝わってくるようだ。

 そうこうしているうちに、バチッと一際大きな音を立ててスワンプマンの纏う紫電が爆ぜた。
 来る――本能的に魔物が襲い掛かってくる気配を感じ取り、思わずその場から跳んだ。直線上は危険かもしれないと思い、ポツポツと立っている木の裏側へ。

「ええっ? あ、これ、私が相手したら死ぬやつ……!」

 先程まで私が立っていた場所。そこまで直線上に炸裂し、通り過ぎて行った紫電は地面に黒い痕を着けている。言うまでもないが、私の技能に攻撃をシャットアウトするバリア効果は一切無い。あんなもの、人間が受ければ即死である。
 しかも、今まで魔物の体内に直接異物を叩き込むという攻撃法を用いていたが、スワンプマンにそれは通用しないだろう。私は自分が触れている物しか移動させられないからだ。あの身体に触れた瞬間、触れている物質を伝って感電死。簡単な答え合わせだ。

 どうしたものか、と木の陰から見守っていると、大変間が悪い事に。
 例の捜していたオスカーさんが門を僅かに開けて外へ出て来た。ギルドの連中は何やってんだ。事情も知らないアホを外に出すな。
 オスカーさんはというと、スワンプマンを睨み付けて、そして何故か声を掛けた。

「見つけたぜ、ベイノン!」

 ベイノン――スワンプマンの別称だろうか。まあ、何でも良い。因縁の対決でもおっ始める空気だが知った事か。早く引っ張って礼拝堂へ戻ろう。

「オスカーさん!」
「うわビックリした!? お、お前何で俺より先に着いてんだよ、礼拝堂にいただろ! しかも何の用だ、見ての通り立て込んでる」
「いや立て込んでるっていうか、アリアちゃんからのお願いであなたを救出しに来たんですよ。というか、国家指定魔物ですよ? 一人で向かって行くとかアホなんですか」
「言い過ぎだろ、何だよ急に! 良いから向こう行ってろって、危ないから!! 俺はコイツに用があるんだよ!」
「ああああ危ない! 前見てください、前!!」

 オスカーさんを連れに来たはずの私は、思わず一人で逃げ出した。スワンプマンが向いている方向とは逆の方向に。うっかり安全圏に逃げ出した私はすぐにオスカーさんの事を思い出して彼の姿を捜す。
 例のスワンプマンは再び紫電を人間へ向かって放ったが、どうやらオスカーさんはそれを器用に躱したらしい。直線攻撃を避けるだけの腕があるようで何よりだ。
 しかし、オスカーさんは理不尽を叩き付けるように私に向かって叫ぶ。

「お、おまっ! 俺を連れて行くとか言ってたくせに、早々に一人で逃げ出してんじゃねーよ!!」

 ――うん、全くだよね!
 彼の言う事は尤もだが、生物的生存本能には抗えなかった。ごめんね。

 再びスワンプマンが動く。放ちっぱなしの攻撃を当てられないと判断したのか、拳を握りしめ、じりじりとオスカーさんとの距離を詰め始めた。知能が高い。攻撃が通用しないと知るや否やスタイルを変える、この魔物Lv.5どころか6はあるかもしれないな。
 どことなく人間寄りな思考回路に嫌な怖気を感じつつも、このままオスカーさんを連れて行くべきかを思案する。控え目に言って、あの魔物に彼が勝てるイメージは全く湧かない。

 と、コートの内側からオスカーさんが何か取り出した。細く頼りのないが、鋭い光沢を放つ刃物。これは投擲用のナイフかもしれない。村の男達が魔物が出た際に使っているのを、一度だけ見た事があるような。無いような。

「いや、オスカーさん、それは無理じゃ――」

 忠告より先にオスカーさんが躙り寄って来ていたスワンプマンにそれを投げつけた。実に手慣れた動きだ。
 が、案の定一層激しく放電するスワンプマンの行動によってナイフが一つ残らず地面に落ちる。それと同時に、オスカーさんが魔物へ向かって左手を向けた。

 爆発。

 凄まじい音と風に煽られ、私はその場に尻餅を着いた。何てことしやがるこの馬鹿。クリフくん程の爆発力を伴っている訳では無い爆発だったが、それでも周囲に人がいる場所でやる行動じゃないだろ。

「どうだ……?」

 当のオスカーさんは私の心中など知る由も無く、自ら上げた砂埃に目を凝らしている。コイツ、スワンプマンばかりだと思うなよ。真の敵は同じ人類かもしれないぞ。